第2章:森とわたしの関係性

第22話

セルバ家の邸宅は北都ミルトを含むテッラ地区の北の端にある。

ここよりも北はセラータ地区になり、州の北の境界線を形作る森と山に沿って西へと大きく曲がる街道沿い、他領との中継点となる町とその周辺に林業や農業を主産業とした集落がいくつかあるという形になる。

家からミルトの中心地へ行くのとほぼ同じ距離の場所が、中央街道がちょうど曲がる位置辺りになり、ここからさらに北の森の中へ入る小道の先にセルバ家の別荘がある。

ダニロさんの運転で走り出した馬車はわたしのほかに、お母様とお兄様、同居することになるアーシア叔母様と通いとなる予定の使用人のキアラさんが同乗。お父様は泣く泣く仕事へ行った。

大きな荷物は先に運んであるので、今日の荷物は少なめ。キアラさんがダニロさんの隣りに乗って、残り4人が車内。荷物は車体の上と後ろに縛り付けてある。

4頭立てのこの大きな馬車は普段は使わないらしいけれど、今日は初日ということもあってお母様とお兄様が行きたがったためにこうなった。

この時代にはまだスプリングが誕生していないみたいで乗り心地は良くないのだけれど、主要な街道は国で力を入れて整備しているらしく、石畳が敷かれていて馬車の走りも安定している。

おかげさまでクッションの上のわたしのおしりはどうにか無事だ。

まあ急がなくてよいですよというお母様の指示通りゆったり走ってくれているお馬さんたちのおかげでもある。

この辺りまで北上すると街道沿いにも農地は無くなり、風に背の高い草がゆれる平原が広がるだけになる。聞いた話ではセラータ地区に入った辺りから土中の石が大きく、また多くなるのだそうで、それで一端開拓を止めたのだそう。では放牧地にでもといってもそれは他の地区に集めてしまったのでその話も進まず、地区の発展は道が西へ曲がってから、他の領地との境界が近くなってからになるのだそうだ。

そのおかげもあって、わたしが狙っている道が大きく西へ曲がる、北の森と最も近くなる辺りの土地が空いている。

将来の開発を狙ってお父様はこの一帯の土地を確保しておくと言っていた。まあこの国の土地というのは国王が中央政府を通して領主に貸し、領主が州政府を通して市民に貸すという形になっているので、今のどこの市民のものでもない土地というのは領主、要するにお父様の土地ということで、今のうちに自分が開発も念頭に確保した土地という書類を整えておくのだそうな。

裏技的な対応の仕方になるのだそうで、そういうことはわたしにはわからないようにとよろしくお願いしておいた。


そろそろ森に着くのではと思っていると馬車が速度を落とし、ゆっくりと左へ曲がり始める。

窓からの景色に木が増え、次第に森林の様相を呈していく。

道に近いというのに森林の木々は背が高く太く、先を見通せないほどに密度が濃い。街道に沿ってならばある程度は伐採もしてあるのだろうけれど、少しでも立ち入ればそこは深い森となりそうな感じ。

この森では林業も行われていないらしく、人の手がほぼ入っていないのだろう。

馬車は完全に西へ向いたところで道の脇にある空き地に一端止まるとダニロさんが御者席からわざわざ降りてきて扉を開け、目的の一歩手前まで到着したことを告げた。

「この先、もうそこに見えますな。あの立て看板のところから森に入ります。ここからは道が舗装してないんでかなり揺れますが、すぐにつきますんでご容赦願います」

おおう。揺れるのね。

よくある転生ものにある、揺れる馬車で尻が死ぬ展開。あれって本当のところどうなのだろう――、なーんて考えていた時もありましたとさ。

駄目ですわ、これ。

死んだ。死にましたね。お母様も叔母様もお尻の下にぎゅうぎゅうとクッションを入れながら耐える態勢。お兄様は最初から決死の表情。

わたし?わたしはね、最初はどうよ、こんなもんかーなーんて、一瞬でしたね。

何もかも諦めてわたしは座席の上に足を上げて、うずくまって耐えました。隣りの叔母様にしがみつく勢いで頭からくっついて振動を逃がす態勢。まあ吹っ飛ばなかっただけ良かったけれど、これは駄目だわ。


ダニロさんの「すぐにつきます」が本当だったことに感謝を。

「到着しました」を聞くか聞かないかというタイミングで、わたしたちは転がるようにして馬車を降りた。

辺りの下草はしっかりと刈り込まれ、まるで芝生のよう。

目の前には2階建てのログハウス風な建物。いやこれ完全にログハウスだ、格好いい。

右手奥には納屋のような建物もみえる。

別荘というからもう少しこじんまりとしたものを考えていたけれど、これは結構大きい。

広々とした空が広がっているので森の中という圧迫感もない。

「わたし、初めて来ましたけれど、良いですね。良い感じです。お兄様は来たことあったのでしたか」

「そうだね。僕は3回目かな。去年、森の調査があるというときにお邪魔させてもらって以来だね」

「ああ、生態系調査?でしたっけ。どんな動物がいるかとか?調べるのですか」

「うん。動物と、あとは魔物もだね。ウルフ系とかラット系、たまにゴブリンも見つかるんだ。どうも山から降りてくるらしいよ」

「山かあ。この山は全然人は入っていないのですか?」

「ああっと、どうだったかな」

「たまーに登山だか調査だかわからないような物好きな冒険者が入るくらいね。報告もめったにないけれど、鉱物はありそうだけど生態系も大変に豊かで危険すぎて無理ってことになっているわよ」

叔母様が引き継いで解説。そっか、山は危険と。温泉とかないかなーとかちょっと思ったけれど、手を出すのは先の話になりそうね。

「さ、荷物を運び込みましょう。ダニロは獣避けを付けたら今日はもう帰ってもらって大丈夫よ。また明日よろしくお願いします」

「わかりました。そしたら敷地内に6カ所ありますんで、付けたら上がらせてもらいます」

魔石を使った獣避け、動物とか魔物とかある程度の強さのものまで対応できる結構いいやつを配置したって聞いた。ダンジョン化してしまえばという気はするけれど、それは明日かとにかく先の予定なので、それまではありがたく使わせていただく。

わたしたちは荷物を建物に運び込み、個人的なものは自分の部屋へ、共有で使うものは1階の収納へ片付け。

1階はリビング、ダイニング、キッチンと、雑貨を入れる収納、武器防具とか斧、鉈、草刈り用の鎌なんかを入れておく倉庫、キアラさんが着替えたり休憩したりする部屋、トイレとお風呂も完備。かまど、暖炉、お風呂と薪を使うので、わたしの仕事には薪割りが入っている。

2階は個室が4つ。わたしと叔母様が1部屋づつと客間用に2つ。部屋にはベッドとタンス、書き物用の机と椅子、小物を並べられる棚もあってちょうどいい大きさ。狭くないかって聞かれたけれど、わたしとしてはこれくらいこじんまりとしていた方が落ち着く。広すぎる部屋はどうしていいかわからなくなるのよね。


片付けが終わったところでリビングに集合。今日は安全のために外を見て回ることは避けることになっているので、別荘でひたすらゆっくりすることに決まっている。

それでも叔母様は玄関や窓の点検をしてきたそうで、今までぶらぶらと手に下げていた剣をリビングの隅に立てかけていた。

「戸や窓は補強してあるのですよね?」

何だか強化ガラスだとかを使ったり木材も堅いものを使っただとか聞いたのよね。

心配のしすぎではと思ったりもしたけれど、大事な娘が暮らす家の安全だぞとお父様に力を込められたので感謝しておいたのだ。

「大丈夫だとは思うけれどね。今夜物音に気付かずに済むかどうか、それから明日の朝、私が敷地内を一周見て回るけれど異変はないかどうか、それが確認できてようやく安心できるかもというところね」

叔母様は心配性。というか、本当に危険が無いか確信が持てずにいるらしい。

リフォーム作業中の安全は獣避けで大丈夫だったし、建物の補強も済んでいるからの今日の引っ越しだったのだけれど、うかつに外でうろうろしてウルフが突っ込んできたり遠距離攻撃が飛んできたりしたらどうするのと言われてしまった。

そっかー。まあ正直なところ、ダンジョン化してしまえば危険もなにもないのでわたしはあまり気にしていないだけなのですが。

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