第21話

「あとは準備をしていて思いついたのですが、子供用の武器や防具というものはあるのでしょうか」

「ん?子供用?、ああ、あるわね。皮と布で作った大きさの調整できる鎧と、あとは木剣に皮を巻いたものね。何?もう使ってみたいの?」

「そうですね、一応森の中は駆け回るつもりでいるじゃないですか。使えた方がいいだろうなと思って」

「いいんじゃない。どうせ学園の授業でもやるしね。町の学校でも希望があれば教えているし。普通に手に入るわよ。それも用意するわね」

「実際のところ皮を巻いた木剣てどうなんでしょう?」

剣ではないよなあ。ほとんど棍棒では?

「剣の形をした棍棒ね。持ち手の作りとか重さのバランスとかが違っていて棍棒としては使いにくいけれど、それでも思い切り殴れば結構な威力は出るから気をつけるのよ」

やっぱり棍棒なのね。

そしてケガ注意、と。でも剣の扱いは知っておきたいから練習ね。

「ああ、あとは明日から商工業ギルドの方で別荘の点検と修繕に入るように頼んできたよ。あわせてその期間を使って冒険者ギルドで森の調査も済ませることになった」

「去年別荘に行ったのは一度だけだったかしら」

「そうだね。痛んでいたような記憶はないしそれほどかからないだろう。どちらかというと家具だとか食材だとかの運び込みの方が大変そうだね」

「家具は部屋から持って行きますか?」

「いや、新しく用意しよう。こちらの部屋も使うかもしれないだろう?」

それはそうね。

ふっふ。新品の家具が入るのか。楽しみね。

「それとね。気になったのでそれとなく聞いてみたのだがステラがスキルもギフトも得られなかったという話は役所でもギルドでも知っているものが多そうだったよ」

「いやね。だれもスキルに頼って生活しているわけでもないでしょうに」

「まあそうなのだがね。どうも『神の祝福を得られなかった』という言い方で広まっているようだよ」

「‥‥司祭様が広めているわね」

「そうなのだろうな。あの人も存外口が軽い」

「噂話が広まるのは仕方がないかなとは思うけれど、何だかすぐにキレットにも話が流れてきそうでいやね」

「流れるだろうね。まあステラが別荘に移る良い言い訳にはできると考えるしかなさそうだ」

「家にいても、家の前の道は人が行き来するものね。別荘なら道からも外れるし、悪くないわよね」

「そうなんだよ。幸いあの場所は家からの距離ならばミルトに通うのとそう変わらない。本当に別荘代わりに仕事だとかを持って行って過ごしても構わないだろう」

「いいわよねえ。どうして今まで使わなかったのかしら。もったいなかったわね」

そんなものよね。

今までは有効活用する気持ちがなかったということ。

これからはわたしがバリバリ使っていきますからね。用意しておいてくれたご先祖様に大感謝ですよ。


そうしておおよその方針が決まったわけだけれど、それからの準備の方が時間も手間も大変にかかった。

まあね。わたしと叔母様は引っ越し、お母様や使用人さんが通いっていう形で使うわけだけれど、そのための家具だと食料だとか大量だものね。

わたしも自分用の家具を選んだり、身の回りの品をまとめたり、時間をみては叔母様に軽く基礎から勉強を見てもらったり、家の中でできるていどの軽い運動を教えてもらったりと忙しく過ごした。

子供用の武器防具というものも用意してもらって、お兄様も学校で同じ物を使っているとかで二人で装備して軽く打ち合ってみるとかした。

もうね、完全にチャンバラですわ。型とか何もない。子供用だっていう盾もどう見ても鍋の蓋だったしね。おもちゃっぽいよね。

別荘の方は雨漏りとか隙間とかは大丈夫らしかったけれど、建具を直したり床や壁の補修をしたり水回りを一新したりと結構手を入れたらしい。

水回り一新するんだと思ったら使用人さんの希望だって。やっぱり古いものは使いにくいし危ないこともあるし、もしかしたら叔母様とかわたしも使うかもだし、新しいものの方がいいだろうって。

トイレとお風呂も新品らしいよ。それはそうか。古いお風呂なんて使ってもいなかっただろうし、古いトイレなんて使いにくいし汚いし怖いしでいいことないしね。


機密保持の契約書も届いたので家族と使用人さんたちと全員が署名して専用の箱に入れて封印をした。これで署名した人たちの間でしかわたしの能力の話はできないようになったらしい。他の人に伝えようとすると頭がぼんやりしてそのことを忘れてしまうんだって。何それ怖い。

でもおかげでこの家がダンジョン化してあるという話を細かくできてね。お兄様や叔母様は大喜びよ。わたしに告げずに家のなかでそっと物を動かしたりして、それをわたしに当てさせる遊びに夢中になっていた。

お父様も最初は面白がっていたけれど、わたしが金庫の中身どころか、お父様の内緒のお金の場所だとか秘蔵のお酒の場所だとかをほいほい伝えるものだから顔を覆って絶望していた。仕方がないのよ。ダンジョンの中のものは全部わたしのものなのよ。

そしてお母様は1号ちゃんのおかげで仕事の効率がぐっと上がってご機嫌。1号ちゃんなんて最近はわたしの部屋にはいなくてね、お母様に抱きかかえられてあっちに行ったりこっちに行ったりよ。なんかお母様が1号ちゃんを向かいに座らせてお茶しているところも見てしまったし、なんなの。

1号ちゃんの自律行動は今のところ未使用。まあお母様に抱えられて移動しているし本人が使いたくなったら使うでしょう。股とか膝とか足首とか全部ぐりぐり動くようにしたからね、歩けるはずよ。

───マップのわたしの部屋の前へお母様のマーカーが来る。軽いノックの音。わたしが返事をするまでもなくドアが開く。

「いま平気かしら?」

「はい、大丈夫ですよ」

わたしはクッションに埋もれるようにして絵本を読んでいたところ。

建国物語らしいのだけれど、絵がすっげー厳つい。もう少しどうにかならなかったのか。むくつけき大男が剣を振り回して魔物と戦っている絵を見せられても感動はしづらいんですけど。

部屋に入ってきたお母様は少し言いにくそうにしながらわたしの方を見ている。

何でしょ、何かあったかな?

「あのね、あなたのそのクッションなのだけれど、それも持って行くの?」

うん?わたしじゃなくてクッションを見ていたのか。

「ああ、そうですね、一応持って行くつもりではいましたが」

「そうなのね。いえ、最近日差しが強くなってきて暑いときがあったりもするでしょう?それでね、1号ちゃんに聞いたのだけれど、そのクッション、いえスライムさんね、そのう、温度をひんやりさせたりできるのよね?」

おやー。おやおやですよ。

最初はスライムさんを見て恐れおののく、とまでは言わないけれど怖がって見ていたのに、やっぱり身近にあると印象って変わるものよね。

「はい。今もかるーく冷やしてもらっていて快適ですよ」

「そのう、同じ物で良いのだけれど用意することってできるかしら。最近執務室も暑くなってきて。置いていくのならこの部屋で仕事しようかしらとか思って、ね?」

ふっふっふ。スライムさんの偉大さに気がついてしまいましたね。

わたしはクッションからひょいっと立ち上がると掛けてあった布をはずし、スライムさんを表に出す。つやつやとした体表に室内の風景を映し込み大変に美しい。こうしてみるとスライムって本当に完成された生き物だと思う。

そのスライムさんの一部を両腕を使ってきゅうっと絞る。絞りきったらそのまま本体から引き離すように動くと、ぽこんっと分離して小さなスライムさんの完成。

本当はこんな手間もなく1号ちゃんに用意してもらえば良いのだけれど、一手間掛けた方が愛着も湧くでしょう。

「大きさは同じくらいが良いですか?それかもう少し大きい方が?」

「え、そんな簡単に増やせるものなのね。大きさは同じくらいで大丈夫よ」

「そうしたらですね、お風呂の浴槽くらいかな、水をためてそこにスライムさんを投げ込めばこの大きさになりますよ。水を飲み込んで自分で大きさを変えてくれますから」

「あら、そんな方法でいいのね。ということは食事は水でよいの?」

「はい。欲しそうだなと思ったらコップ一杯あげるだけで大丈夫です。ほとんど必要としていないみたいですが。あとは少しサイズが小さくなったかなとか何か変化を感じたときでいいのです」

「簡単なのねえ。それで一応確認するけれど、安全なのよね?」

「安心安全なスライムさんです。中身は水だけですし、ダメージ判定がないのでナイフを投げつけてもぽよんとはじかれて終わりです。無敵な快適スライムさんです」

「すごいわねえ。私でも分離とかできるのかしら」

「そこはさすがに魔物ではありますし、無理ですね。でも1号ちゃんにお願いすればスライムさんに伝えてくれるので、そうすればスライムさんが自分で分裂してくれますよ」

今はまだ小さい新スライムさんをお母様に渡す。

お母様は、はーという顔をしながらスライムさんの感触を確かめるように抱きしめる。もうね、お母様は1号ちゃんと仲良しなようだからね、あとは1号ちゃんに頼むと良いのですよ。


そんなこんなな毎日をすごして、いよいよ準備の整った森の別荘へ引っ越す日がやってきたのです。

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