第19話
「それでですね、お母様。何かこう、秘密を守らせることのできる道具のようなものをご存じありませんか。お母様や叔母様はともかく、通うことになる使用人ですとか見たこと聞いたことを漏らしませんよという安心安全を得るためにも必要なのではないかと思っていてですね」
「ああ、そうね、そうよね。契約を守らせるために使う道具で、そういうのはあるわ。それでは私やアーシア、いえ家族も皆使った方が良いわね。ね、あなたはそれを知らないから作れないということなの?」
「それもあります。もう一つは、わたしはわたしのダンジョンでしか何もできないのです。教会でも何もなしって言われましたが、わたしは本当にダンジョンでなければ何もできないのです。ダンジョンの外で秘密を守らせることができないような気がするのです」
そうなのだ。秘密を守らせる道具ってたぶん作れはするんだけど、ダンジョンから出た瞬間に意味をなさなくなる気がするのよね。そんなの信用できないし、世の中に便利道具があるならそれを使った方が安心安全よ。
「そうなのね。ミルトで手に入るかしら。役所かギルドかにあれば良いけれど、なければ取り寄せね。これは明日確認しましょう」
問題は一つ解決。
お母様にはわたしの有用性、危険性を理解してもらえたみたいだから、ここでもう一つ済ませておこう。
「あとは、わたしが森の別荘に行ったとしてもこの家のダンジョン化は解除しないつもりなのですが、その場合ですね、こちらと向こうとで連絡を取り合うのに使えそうな便利な道具とかご存じありませんか。会話ができるとか手紙を送れるとか何かそういう」
電話とかファックスとかね。
そういえば筆記板ってあるのかな。あれば1号ちゃんとの意思疎通はホワイトボード風で何とかなりそうだけど。
「そうねえ、確か役所には遠方と連絡を取り合う時に使う道具があったと思うけれど、わたしもそういったことは詳しくなくて。それも明日確認しましょう」
お、あるにはあるんだ。
「筆記板みたいなものはあります?」
「それはあるわよ。家にもいくつか」
あれ、あるんだ。ないのかと思っていたけれど、わたしが気がつかなかっただけかな。
「どういったものでしょう。今どこにありますか?」
「こう、粘土だったかしら、使って板枠の中に文字を書いて。書斎にあるはずよ。持ってきましょうか」
書斎か。1号ちゃーん、お願い探してー。
おお、一発で見つけてくれた。さすが頼りになるわね。
「いえ、今見つけました。これがそうだったのですね。わたしが物を知らないせいで見落としていたようです」
さっと手元に取り出しますよ。
まあお母様は驚きますよね。またしてもえって顔をさせることに成功しました。
うーん。なるほど筆記板。粘土か。やっぱホワイトボード風にしよう。くるっと回して裏を見せている間に表に文字を表示。くるっと回して相手に見せて、もう一度くるっと回すと文字が消える、と。どうよ、作れるかな。
『ダンジョン内でありさえすれば可能ですね。見た目は完全にホワイトボードですが、機能面も大丈夫でしょう』
おっけー。それを1号ちゃんに持ってもらいましょう。
『1号の手は動くように変更を?』
そうね。一応完全に動けるようにもしましょうか。
関節を全部変更してさ、自立して動けるように。
『分かりました。随時更新することでよりなめらかに動けるように調整していきます』
よろしくね。
では普通のホワイトボードとペンを取り出して、と。
「お母様にはこちらを」
「あら、これは?」
「えっとですね、これは先ほどの筆記板ですか、あれを参考にしました。粘土だと書いたり消したりが大変そうだったので。このペンで字を書いて、そしてペンのおしりに付いているもので字を消せて」
「あら、これは便利ね。書きやすいし消しやすいし。‥‥、これ普通のものではないわよね?」
「‥‥そうですね、外へは出さない方がいいですよね。何だか調子にのって作ってみましたけれど良くないですよね、これ」
「便利すぎるわよ」
「‥‥外へは出さないように秘密に追加でお願いします‥‥」
「はいはい。でも使って良いのね? 今ならなかったことにできるわよ?」
「いえ、あった方が良いので、せめてお母様は持っておいてください。それでですね、えっと、このホワイトボードの使い方が分かっていただけたところで、あちらの人形を見てください」
「‥‥。人形が同じものを持っているわね。ね、あれさっきまではなかったわよね」
「今用意しました。あの人形がダンジョンコアだという話はしましたっけ。しましたね。それでですね、あの人形があの板を使ってこちらに意思を伝えてきます。話しかければ応えてくれますし、欲しい情報とかも教えてくれます」
1号ちゃんがホワイトボードをくるっと回す。
ちっちゃい手が器用に回すようすが大変にかわいい。うむうむ。
もう一度くるっと回す。と、表面に『よろしく』の文字。おや簡素ね。もうちょっとかわいくいろいろ書いてもいいのよ。
くるっと回る。もう一度くるっと。
『1号ちゃんと呼ばれています。よろしくお願いします』
うーんかわいい。
『1号ちゃんという呼び名に不満を表明しているのでは?』
は?
何を言っているの。1号ちゃんが呼び方に満足している現れよ。
『そうでしょうか。マスターのことですから次のダンジョンは2号ちゃんですね』
何よ。いいでしょ分かりやすいし。かわいいじゃないのよ。
「呼び方は1号ちゃんで良いのかしら。わたしはイレーネ。ステラの母です」
『呼び方はお好きなようでかまいません。よろしくお願いしますイレーネ様』
「はー、すっごいわね」
「1号ちゃんはこの家のことなら何でも知っていますからね、とてもお利口でとても便利ですよ」
「そうなの? では、そうね、テッラ地区の今年の出納簿がどこにあるか、といって分かるかしら」
『執務室の書棚、右から2列目、上から2段目の右から3冊目です。現在最新の記入がおととい。以降の通知がたまってきていますが記入しておきますか?』
おお、すっごいよ1号ちゃんさすがだわ。というか記入までできるのか。無敵じゃないのこれ。一家に一台1号ちゃんの時代が来ちゃうんじゃないの?
ギシッという音にお母様を見ると、両手で顔を覆って椅子の上でのけ反っている。
「‥‥、すっごい。すっごいものを手に入れてしまったのではないかしら‥‥」
お母様、たいへんに満足そう。
「ステラ、この子はこの場所に固定なの?」
「いえ、自由に動かしてかまいません。ただ家の敷地からは出ることはできませんからその点には気をつけてください。あとですね、そのうち勝手に歩き回るようになるかもしれません」
「動くの? 勝手に?」
「はい。いま腕が動いていましたよね。同じように首とか足とか動くようになる予定です。そのうち表情も変わるようになるかもしれません」
「‥‥。動く人形のお話ってだいたい怖いお話なのだけれど‥‥」
「怖くありませんよ、1号ちゃんかわいいじゃないですか」
「まあかわいいのは同意するけれど、定番なのよ、動く人形の怖いお話」
分かる。
あるよねー動く人形の怪談。夜の暗がりをキシキシいいながら動いていたらそれだけで怖いだろうし、どこに動いても目が合うとか怖いわねー。
『今夜試してみますか?』
ん?
「声に出ていたわよ‥‥。試さないでね、絶対試さないでね」
それは試してくださいという前振りですか。
でもこの部屋でやられると食らうのはわたしなのでは?
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