第18話
さて、家族会議は一応の解決を見たけれど、だからといって今すぐにどうこうはできないわけで、準備がいろいろと必要なのよね。
とりあえず別荘は一度点検するってことに。そこまでの道も含めて現状を確認して、必要ならリフォームしないとだし、家具とか食べ物とか運び込まないといけないしね。
それからお父様と叔父様はそれぞれお仕事に。お仕事ついでにダンジョン関係の資料とか、実際にダンジョンが見つかった場合の手続きだとか、運営の方法だとかも検討を始めるんだって。
2人とも仕事へ行くのにずいぶんぐずぐずしていたけれどね。
それから叔母様は仕事の引き継ぎと、こちらは集めた資料を持ってきてもらえるそうな。
そしてお母様はわたしの持って行くものとか別荘まで通いでメイドさんを派遣できるかどうかとか考えてもらっている。
わたしの服とか身の回りのものとかね。何しろ5歳児ですから。叔母様がこちらに戻ってきたら相談しつつ最終確認するつもりみたい。
それまでには別荘の点検とか改修も済ませる予定。
あとはあれね、1号ちゃんをどうするか。
別荘を中心に2号ダンジョンを作る予定だから1号ちゃんにはこのまま家を見ていてほしいのだけれど、そうすると1号ちゃんの存在というかできることをどこまで明かしておくかっていうことも考えなくちゃで、これはもう一番接するであろうお母様案件よね。
お母様が落ち着いたら相談ね、メモメモ。
『あまり開示しすぎるとマスターの価値が跳ね上がりますからね。気をつけなければ』
そうなのよねえ。
宝箱の仕様一つでもわたしの監禁は確定してしまうのではないかしら。
『ですが1号を通じた情報のやりとりは必要でしょう。やはりお母様にはある程度メリットデメリットをしっかり説明した上で、1号がダンジョン内のオブジェクトをすべて把握していることを伝え、お母様のメリットも享受していただくという方向でしょうね』
うん、そうなるわよね。
1号ちゃんがいれば事務仕事とか家の管理とかは楽になると思う。そうすると1号ちゃんと意思の疎通はできたほうがいいわよね。
『マスター相手でしたら電光掲示板が一番簡単なのでしょうが、世界観にあいませんね。ホワイトボードにでもしますか?』
ホワイトボードかあ。いいんだけど1号ちゃんが書くのよね、それはそれで世界観変じゃないかしら。
『先ほどマスターの以前の記憶の存在を曖昧にしましたし、あまりにもオーバーテクノロジーすぎるものは避けたいところですね』
ね、ごまかしちゃったものね。本気にしてくれているかは分からないけれど、一応その方針でいきたいものね。
でもこちらの世界には魔法があるじゃない。魔法ってことでどうにかならないかしら。
もしかしたら魔法の鏡みたいに顔を見ながら会話もできるレベルのすっごいのがあるかもしれないよ。
『魔法ですか。私たちに不足している知識ですね。邸内の資料でも魔法の詳細な記録が不足していますし、先にお母様かアーシア様に有用な魔法をお聞きすべきですね‥‥お母様がいらっしゃいました』
おっけーよ、早速相談しましょ、そうしましょ。
「ステラ、いま大丈夫かしら?」
軽いノックの音をさせながら扉が開く。
「はい、大丈夫ですよ」
「よかった。少しお話しましょう。‥‥、あのね、気にしているかもしれないから先に言ってしまうけれど、生まれ変わり、という話しに少しショックを受けたことは確かなのよ。でもね、ステラが私のかわいい娘なことには変わりないし、それにねえ、おっぱいあげるのは今日で最後よって言ったときのショックを受けましたっていう顔とか思い出すとねえ、ステラはステラなのよね」
え、そんな顔してたのか。それはそれでショック。
え、わたし顔に出やすいのかしら。
「あなたは顔に出るわよ。今もショックですみたいな顔をしているもの」
えええ、そんな顔に出るの。
やっべ、もしかしたら結構な確率でやらかしているのでは?
顔を揉んでおけばごまかせるかしら。
「それにねえ、あなた、楽しいこととか何か興奮すると体が動くのよ。こう腕を振ったりとか、くるくる回ったりとか」
うえええ、なんということでしょう。
いやまあ確かに楽しくなると踊っていたような記憶はあるけれど。やっぱりさすがお母さんよね。しっかり見守られているわよ。
「あながたもっと小さいころ、それこそ1歳2歳のころから時々、こう、動いていたわよね。あれってきっと何か楽しいことを考えていたのよね。ね、そのころからそのダンジョン? スキル? のことを考えていたの?」
「最初にスキルのことに気がついたのが1歳のころでしょうか。生まれ変わりの効果なのかそのころにはもう意識がしっかりしてきていて、でも生まれ変わる前の記憶ってそこまで確かじゃなくて。そうするとダンジョンマスターのことを考えてしまうのですよね。たぶんですけれど、生まれ変わる前に、ダンジョンマスターが楽しいものだと考えていたのだとは思いますが」
「そう。ね、あなたはダンジョンを作ってみたいと言っていたけれど、どうしても? あのね、私の知っているダンジョンというものは随分と危険なもので、ベルナルド様が冒険者を引退したのも、ダンジョンで仲間が足を失うような大けがをして、それで決断したのよ。ね、スキルがあろうがなかろうが仕事ができるかどうかには関係ないのだし、あなたには領地経営に携わるという道があるのよ」
ああ、やっぱり心配されている。
それはそうよね、大事なわが子がそんな危険なものを扱うような道を選ぼうとしていて、しかも楽しそうだとか考えているとか心配にもなるわよね。
「そうですね。分かります。たぶん私の将来ってアーシア叔母様みたいに兄様を手伝っていくのだろうなって思ってはいました。それはそれで良いのです。でもせっかく手に入れた世界と関われる力をまったく試しもせずに放置することもできそうもありません。それにですね、お母様。ダンジョンは危険なだけではないのですよ。わたし、この家をダンジョンにしたって言いましたよね」
「そうね、聞いたわ。でもそのダンジョンにしたというのは本当なの? どうにも信じられなくて‥‥」
「すでにある、家というものをダンジョンにできるのか試したかったのです。結果としてそれは成功して、結果としてわたしはこの家のどこに何があるのか、誰がどこで何をしているのかをすべて知ることができたのです。金庫の鍵の開け閉めが自由にできて、その金庫のなかに何が入っているのかも知っているのです。わたしは金庫がある部屋に入ったこともないのに。地下の鉄格子のある部屋に積んである古い麦の袋のどれがネズミにかじられたのかを知っています。かじったネズミがネコに退治されて、ネコはそのネズミの死体をギウレタさんに見せにいって、ギウレタさんが悲鳴をあげて飛び上がったことを知っています。わたしは地下に行ったことなどないのに。ネズミが退治されたのは早朝で、まだわたしはベッドの上だったのに」
『あれはなかなか面白い見せ物でした』
ね。寝ぼけた頭でただなんとなくネズミを追跡していただけだったのにね。
「お母様。わたしはわたしのダンジョンにいる限り、そのダンジョンにおけるすべてを知ることができて、そしてだいたいのことはできてしまうのです。わたしはわたしの可能性を広げるためにも、そしてわたし自身の安全を確保するためにも、ダンジョンを作りたいのです」
「‥‥、安全?」
「そうです。本当にだいたいのことができてしまうのです。‥‥、内緒ですよ。今、お母様の足元に宝箱を用意しました」
え、という表情を浮かべて足元を見る。
小さな宝箱。今まさに用意した、先ほどまでは確かになかったはずの宝箱。そっと持ち上げてそっと蓋を開ける。
中には1枚のクッキー。
「この、クッキーは?」
「以前食べておいしかったので。お金とか宝石とかは見たことがないので今回はそれにしました」
「見たことがあれば入れられるの?」
「おそらく。人形とか積み木とか花とか結構何でもいけましたから」
「これは、ねえ、いけないのではない?」
「ですから、内緒ですよ」
うん。かなりいけないことだと思う。だからこそなのだ。ダンジョンでありさえすればわたしはわたしを守れると思うから。
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