第16話

椅子から腰を浮かせた叔父様は腰に右手が伸びている。本当ならそこに武器があったのかな。ここは実家の中だからね、今は何も持っていないけれどね。

叔母様も半身になって椅子から今にも腰が浮きそう。少し前のめりになっている。

お父様とお母様、お兄様もか、固まっていて動けず。この辺りは経験の差なのかな。

「大丈夫ですよ。このスライムさんは敵対行動に反応することもありませんし、攻撃能力は一切持っていませんから。本当にここにいるだけのスライムさんです」

ぽよぽよ。

スライムさんの表面はとても手触り良く、軽く押したときの反応も良い。ぽよぽよぽよ。

「このクッションがこの部屋にあったのは、いつからだったかしら。その時からそうなの? 見たことのない大きさのクッションだとは思ったのだけれど」

「そうですね、最初からです。さすがにスライムのままだと駄目だろうと思って布をかけてクッションのようにしていました」

最初から人を駄目にするクッションを想定して作ったからね、狙い通りよ。

「いや、スライムだろう? 俺も何度もスライムは倒したが、スライムだろう? その、スライムだろう?」

「ご心配には及びません。たとえ攻撃されてもスライムさんは反撃しません。それにダメージ判定もなしに設定していますからね。いくら攻撃されてもダメージはなし。無敵ですよ」

「は? ダメージを受けないのか? そんなことがありうるのか?」

「いやー、わたしが飛び込んだだけでもダメージが発生してしまったので、なしにしたんですよね。あ、ちなみにゆっくりとですが動けますよ。座ったままベッドまで運んでとお願いすればちゃんと運んでくれます。すごいでしょう?」

スライムさんはすごいのだ。

分かっていただけたでしょうか。


みんなが落ち着くまで結構な時間がかかってしまった。

まあ仕方がないよね。意味分かんないものね。でも大事なのはここから。

「現状でのわたしの状況はこんなところなのですが、お父様、ご理解いただけましたでしょうか」

「そうだな‥‥。分かった。分かったと思う。正直なところ何が何やらと言いたいところではあるが、一応な、理解した」

「ありがとうございます。それで、これからのことなのです」

「そうだな。最初からその話のつもりだった。教会での反応があんなだっただろう、私としてはおまえにはイレーネの手伝いをしてもらってわが家の事業を理解してもらってな、将来はロランドの補佐ということでと考えていたのだ。それならば別に外に出る必要もないだろう」

「はい。わたしも基本的にはそれでいいと思います。ですが、わたしとしては学園に行ってみたいのです」

「そうだったな。そう言っていた。しかし大丈夫か、外ではいろいろと言われるだろうし、学園の授業でも確かスキル絡みのものは多かったはずだが」

「それでも学園ていう大きな場所で、いろいろな人と一緒に生活して一緒に勉強してって楽しそうじゃないですか。やっぱり行ってみたいのですよ。それでですね、学園て10歳からでしたか。まだ5年もあります。それまでの学習はやっぱり町の学校は心配ではあるので家庭教師をお願いできないかなと。それで学習は済ませて、あとはやっておきたいことがあるのです」

「そうだね、家庭教師で良いと思うよ。イレーネの手伝いもそうだし、それにアーシアが教員免許を持っていたろう。それで何とかなるんじゃないか」

「私はそれで文句なし。家庭教師が必要なら私がやろうと思っていたし、ベルナルド兄様の手伝いなんて私じゃなくても勤まるしね」

「そうか? 俺の手伝いだぞ?」

「平気でしょ、役所の人間でも兄様の家族でも新しく雇うでも、何とでもなるわよ。それよりステラよ。私の方から頼みたいわよ」

「よし。家庭教師を付ける方向で決まりでいいだろう。それよりもだ。やっておきたいことというのは何だい」

「お父様、言っていましたよね。領内に農業以外にも産業が欲しいと。特にミルトの近くに何かできないかと。それで考えたのです。この地に新しく、本格的なダンジョンを作りませんか」

これだ。これがやりたいのだ。

幸いミルトの北は森と山に突き当たる。山の向こう魔物や魔人が多く住む未開の地でこちらとの往来はない。そして境界線でもあるその森と山は今のところほぼ手つかず。まったく新しいダンジョンが発見されたとしてそうおかしな話ではない。

ここに念願の、わたしが完全新規に設計したダンジョンを作り、宝箱を罠をモンスターを配置して冒険者を歓迎するのだ。

「それは確かに、そんなことを話した気はするが‥‥」

ばっと北の、森のある方へ両手を差しのばす。

「あの森の中に見つけるのです。王都から続く街道が大きく西へ曲がるあの辺りが良いです。深い深いダンジョンが見つかって、罠があって宝箱があって魔物がいて、冒険があるのです。南からも西からも人は大勢来ます。宿が必要です。商店が必要です。ギルドだって必要です。人も物もすごく動きますよ。絶対です」

「あなた、この子だいぶ考えているわよ。ステラも、そんなに興奮しないの。早口になっているわよ」

おっといけない。

一時お口は封鎖。ぱくっと。

「あー、ダンジョンが見つかるとそこに町ができるってのはお約束ではあるな。まああの森の辺りってことだとミルトが近いからな。そこまで大規模な開発は必要なさそうだ。あとは馬車を停めるところと馬を放すところがあればいけるか」

叔父様、話が早い。

そうなのよね。ミルトが近いから冒険者と、冒険者が必要なものが動くだけですむから開発はそこまで必要ない。でもミルトを経由するからそこでも一度お金が落ちる。勤める人が通える距離だしね。ミルト在住で勤務地ダンジョン近く。いいと思うのよね。あの辺はまだ手つかずだから領主の権限でさくっと場所を確保できるし。

「と、いうようなことを考えていました。それで、5年です。2年で周辺環境を整える、2年でダンジョンを作る、最後の1年は予備期間として、それで5年。時間的にはギリギリなんじゃないかと思っています。どうでしょうか」

「確かにできそうではあるし、ダンジョンが見つかったとなれば経済的な恩恵も大きいだろうが」

「そうだな。で、だ。この場で話を持ち出したってことは俺たちに聞きたいことがあるんだな」

そうなのよね。この家にある資料を当たってもダンジョン関連のものはほとんどない。それはそうだ。今まで領内にダンジョンがなかったのだから当然だろう。

だからこそ元冒険者だという叔父様叔母様もいるこの場である程度決めてしまいたかったのだ。

「まず確認なのですが、あの森は人の手が入りますか?」

「いや、あの森には食料になるような獣も少なくてね。年に数回冒険者ギルドに依頼して生態系の調査は行っているがその程度だよ。ああ、でもわが家の別荘があるね。今は調査を依頼した冒険者が一時滞在するために敷地を利用してもらっている程度だけどね」

「では、その別荘をわたしが使うことはできますか? できれば住み込みのような形で。実際にダンジョンを作るとなると、この家から通ってでは難しいと思うので使えると良いのですが」

「住み込みでかい? それはさすがに‥‥」

「んー、そこは私が同居してだったらいけるんじゃないかな。家庭教師もしながらさ。それで週末は必ずこっちに帰るとか、兄様方もたまには別荘に行くとかさ」

「しかし5歳だよ? それはさすがに‥‥」

「あ、何でしたら施設管理がてら通いの方がいてもいいかもです。それか料理とか担当のメイドさんもいてくれるとか」

「私も別荘の方で仕事しようかしら‥‥」

「お母様もいらしていただけるのならより安心ですね。あ、別荘の部屋数足りますか?」

「確か4つか5つあったはずだから大丈夫よ」

「そ、それならば私もそっちで‥‥」

「いやブルーノ兄様はこっちで仕事しないとでしょう」

ええーという顔でお父様が固まっている。

このままだとお母様も別荘へ行ってしまいますからね。

まあたぶんお母様は半分通い半分住み込みな感じになるのでしょうけれど。

どんどんと話が固まっていく。どうにか現地でダンジョンの実験を繰り返すだけの環境は整えられるかな。

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