第13話

教会の中は少しひんやりとした空気が流れていた。

石造りの壁、高い天井を円い柱が幾本も突き上げる。外を眺められるような位置に窓はなく、高い場所、2階部分が回廊のようになっていてそこには窓があり、柔らかく陽が差し込んでいる。

回廊の下層部分には木製のベンチがいくつも並べられていて、そこには先に来ていた家族連れが幾組も落ち着かなそうに座っていた。

この人たちも皆、今日の宣誓式に来ているのだろう。子供が一様に5歳程度、わたしと同じくらいの年齢に見える。

教会の人たちと軽い挨拶を交わし続ける両親の後ろで、わたしも少し所在なし。待っていた家族からのちらちらと来る視線に応えるのも変だしね。やー、この緊張感。わたしがたぶん最後だろうし、早く案内を始めてくれないかしら。


やがて挨拶も終わったらしく、両親がわたしを促す。

「こちら、今日の宣誓式でもお世話になるこの教会の司祭様だ」

紹介されたのは白髪で、教会の偉い人が着るのであろう立派な僧服に身を包んだ、温厚そうにみえる人物。

「よろしくお願いします」

事前に教わっていたとおりに軽い一礼。わたし自身は今日はお世話になる立場なので軽くなら頭を下げても大丈夫なんだって。そして慣例としての礼の仕方があるらしくて、わたしはできた方がいいらしい。

司祭様はにこやかに目礼。

「なかなかに利発そうなお嬢様ですね。ロランド様にも良く似ていらっしゃる」

声もなかなかに渋いですね。

いやそうか、わたし、お兄様にも似ているのか。

ありがとうございますとか何とか言うお父様に、ではまた後ほどと司祭様。

ここでいったんわたしたちは貴賓室ぽい部屋へ案内されて、式が始まるのを待つことになる。

まずは一般の人たちが先に入場して、わたしは最後なんだって。手順がいろいろと決まっていて大変だね。まあバラバラと入ってわたしの場所が変なところになるのも問題だろうから仕方がないね。

貴賓室に案内されると、テーブルの上に細かい字がいっぱいに書かれた紙が人数分。これが宣誓の言葉なのだそう。式の最中に司祭様の読み上げるのにあわせて、全員で読むらしいですよ。

宣誓式といっても司祭様のありがたい話を聞いて、一緒に宣誓文を読み上げるくらい。わたしがしなければならないのは、その後、名前を呼ばれたら前へ出ていって、鑑定のオーブ?だかを触ることだって。それで神様から一人一人に贈られた祝福の内容がわかるのだそうな。

まあわたしには無いんですけどね。


しばらく宣誓の紙を眺めていると、どこか高いところからカラーンカラーンという鐘の音が。どうやら時間なようです。

今日の主人公たるわたしが先頭。後ろに両親が並んで扉の前へ。

一般参列者の入場が始まったようで、ざわざわとした雰囲気というか音というか、そういうものが扉の向こうから漂ってくる。

しばらくするとざわめきが少し遠のき、そして扉の前で待機していた教会の人がどうぞというようにこちらを見ながら扉を押し開ける。扉の向こうには広い礼拝室。壁際にはぐるりと幾本もの円い柱が立ち並び、高い位置の窓はすべてステンドグランス。色とりどりの光が室内に差し込み神秘的な雰囲気を演出している。室内、奥の方には神様の背の高い立像。そしてその前に鑑定用のオーブか、青紫色をした球体が恭しく台座に載せられて飾られている。

立像の右手側には演台があり、司祭様が両手をついてこちらを見ている。

わたしの席は一番前の中央。

先に着席している一般参列者の好奇の視線にさらされながら、緊張とか恐怖とかを感じさせないように、つとめて何も考えずにただまっすぐ前を見て歩く。

どうにか席に辿り着くと、司祭様が軽くうなずいたのでこちらも目礼を返して着席。両親もわたしの左右に座った。


目の前には見上げるような大きさの神様の像。

見たことある顔をしているわね。よく似ていると思う。会ったことのある人が神様としてあがめ奉られているというのは不思議な感じだ。

だって州の都にこの規模の教会があって、領主が子供の宣誓式にわざわざ来るのよ。それだけ定着している、長い歴史があるっていうことでしょう。

そしてこれだけ似ている像を建てさせていて、他には像が無いっていうことはこの宗教は一神教で、そして宣誓文の内容を見る限りずいぶんとあがめ奉るような言葉が並んでいるわけで。

神様が自分でこの宗教を作った感がすごいのよね。そしてわざわざ自分によく似た像を使って偶像崇拝させている。

何だろうね、自己顕示欲が強い神様なのかな。この感じは神様というよりも支配者が自分を強く高く偉く見せるために作った仕組みっぽい。

司祭様が身振り手振りを交えて話す言葉が素通りする。

わたしはまだ死んでこちらに連れてこられたことの善し悪しは判断できない。

話題の人気の転生ですよ、ギフトですよスキルですよって言われてもね。あのときも神様の管理はずさんだった。神様なわりには途中の乱入を許したり、わたしの設定を途中で放り出す形になっていたり、後から来た人たちに意識が向いた途端にわたしへの当たりが変わったり、あげく穴に落ちたり。何なの。

まあね、こちらの世界の家族はいい人たちばかりでうれしいし、適当設定なせいというかおかげというかでコアちゃんがいてくれたり割りとやりたい放題できそうだったりで、そういうところでは良かったって言えるんだけどさ。まあね。神様っていう設定に違和感を覚えるんだろうな。管理人感はあったけれどね。

皆さんも一緒に読み上げましょう。神に感謝の言葉を捧げましょうの読み上げも右から左だわね。

実際に読み上げる必要はないって聞いていたから教会の人たちの大きな声にあわせて口をパクパク。両親はそれでも立場があるからそれなりに口には出しているみたいだし、それに併せてわたしもモゴモゴ。

声を上げて読み上げているのは大人ばかりだろうな。こんな難しい言い回しだとか難しい言葉だとかがバンバン出てくるような文章を5歳児に読ませようたって無理だわよ。ムグムグムグ。


宣誓文の読み上げが終わったらいよいよ鑑定のお時間です。

名前を呼ばれた子が前へ出て行って、司祭様に促されてオーブに手のひらを当てると、青紫色のオーブが淡く光ったように見えて、それを見ていた司祭様が紙に何やら書き込む。たぶん見えたギフトとかスキルとかを書いているんだろうね。それを手渡して良いスキルですね、これからの活躍を期待していますよとか何とか。

言われた子たちはうれしそうだったりちょっと難しい顔をしたりして席に戻る。

期待通りだった子もいればそうじゃなかった子もいるんだろうね。でも大丈夫、皆わたしよりはましだよ。

わたしはもうわかっているものね。

ステータス画面、もう見たもの。

キャリア、セルバ家長女。

クラス、無し。

スキル、無し。

ギフト、無し。

いやひどいものだわね。これがこの世界でのわたし。神様からは何も無し。さっすがステラちゃん、途中で穴に落っこちた女。

一応コアちゃんがあれこれしてこっちの世界に紐付けさせることができたわたしの世界のわたしの設定だと、クラスにダンジョンマスター、スキルにコアマスタリがあるんだけれどね。こっちの世界で見るステータス画面には反映されんのよね。

腕を組んでむーんとかしていたら心配されたのか、お母様からつんつんされた。せめて腕を組むのはやめましょう。ちょっとお行儀悪かったね。


「ステラ・マノ・セルバ様」

おっと呼ばれてしまった。さあ行きましょう。今度は晴れ舞台から落っこちるのよ。

「はい」

返事をしてゆっくりと立ち上がる。頭上から見下ろすのは覚えのある神様の顔。

待ち受けるのは神様に仕える教会の司祭。

促されるままにオーブの前へ。

「さあ、こちらに手を」

はいよ。さて、どんな反応を見せるのかな。

ここまで何人もの手を載せられてきたオーブはそれでも少しひんやりとしていて、そしてわたしが手を載せると、皆と同じように淡く光って。

それだけ。

んんっといった表情を見せた司祭様がオーブを覗き込む。

わたしも一緒に覗き込む。

淡く光る青紫色の深淵。

それだけ。

司祭様には何か見えているのかな?表情が次第に驚愕に彩られていく。

「‥‥なんと‥」

最初はわたしにだけ聞こえるようなごく小さい声だった。

「なんと!何のギフトもスキルも得られていないとは!こんなことは初めてだ!!」

おーい、個人情報。今までの子は内容には触れなかったじゃないのよ。

まあでもこの反応は予想通りではあった。

その声は礼拝室中に響き渡り、そこから伝播するように立ち並ぶ教会関係者、参列していた家族連れから大きなざわめきが発生する。

司祭様はスキルを書くために持っていた紙を握りしめ、かわいそうなものを見るような、あるいは汚らわしいものを見るような目を向けてくる。

わたしは少しの間その視線と見つめ合うと、ただ驚きの表情をして立ち尽くす両親を振り返る。

大丈夫よとはこの場では言えないから、もう少しの間我慢していてね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る