第12話

春のうららかな日和の中、馬車は石畳を敷き詰めた道路をガタガタと小刻みに揺れながら街へ向かって進んでいく。

道の左右には広大な農地が広がり、麦の春蒔きのために行き交う大勢の人たちの姿が窓越しに見える。

まだスプリングが発明されていないらしく、馬車の座り心地は悪い。

それでも分厚いクッションをいくつも並べた座席は、道に舗装がきちんとされていることもあってかどうにか我慢できる状態を作り出していた。

室内にはわたしのほかに、向かいの席にお父様とお母様が、わたしの隣には執事のロイスさんが座っている。

当家の順位的には上位揃い踏みよ。お兄様は今日はお父様の代理としてお留守番。9歳なのにね。大変だね。


道沿い、立ち止まってこちらを見る人たちの顔は明るい。

家の記録を見てもここ数年の作物の収量は安定していて、どこかの農村が困窮したとか流通量が減って値上がりが厳しいとかそんな記述は出てこなかった。

つまるところあの明るさはしっかり働いてしっかり食べられていることの現れなのだろう。わがセルバ家の領地経営は順調なのだ。


「ステラは種まきを見るのは初めてだったかな」

「そうですね、種まきは。これ見渡す限り麦なのですよね?」

「ああそうだよ。この辺りは全部麦だ」

「部屋の窓から金色の畑がこう、ばーっと広がっているのを見るときれいだなって思います」

「そうね、あなたの部屋からも見えるわね。あれを見るといい場所に家を建てたなっていつも思うわ」

両親との会話もどうしても世間話から始まる。

何しろ記念すべき宣誓式への道中だからね、皆ちょっとずつ緊張しているのだ。


「あまり緊張しなくても大丈夫だよ」

お父様が緊張した顔で言い、お母様から「あなたの方が緊張しているように見えるわよ」と突っ込みが入る。顔、こわばっていますよ。

「そうなのですか?」

「うむ。宣誓式でやることは決まっているからね。渡される紙に祈りの言葉が書かれているから基本的にはそれを読むだけだ。あとはスキルの鑑定が行われるが、これも鑑定用の魔道具に手を載せるだけだからね。たいしたことはない。あとはね、そこでどのようなスキルが出ようと、それで得られるのは多少の優位性くらいなものだよ。

私のスキルは指揮で、軍から強く誘われてね、小隊の指揮官に任命されたよ。でもね、あれは私に向いた仕事ではなかった。

軍歴の浅い、さほど軍の仕事に興味があるわけでもない若造がいきなり小隊長になったところで、どれだけのことができるものか。

結局のところ仕事をうまくこなすにはスキルの力だけでは無理だ。

実家を嗣がなければならないのでと早々に退任させてもらったのは今でも良い判断だったと思っているよ」


「私だってそうよ。私の最初のスキルなんて手芸なのよ。わかったときには母が少しがっかりしていたのを覚えているもの。

実家は機織り機の開発が評価されて男爵に取り立てられたものだから、私の手芸スキル自体は普通なのよ。でも母としてはね、もう少し貴族らしいものを期待していたらしくて、後になって2人でこれだけ縫い物だ編み物だばかりやっている家で手芸以外の何があったっていうのって言って笑ったけれど、そんなものなのよ。今はこうして子爵家だけれど、その仕事には何の影響もないわ」

なるほど。

わたしはこれまでスキルについては特に話題にすることはしなかったけれど、こうして話を聞いてみると面白いわね。


「ステラはどんなスキルがいいんだい?」


うーん、そうね。もう持っているから意味の無い話題なのだけれど、考えてみましょうか。まずアクティブなのは無しかな。殴る蹴るとかわたしにはとても無理。

お父様の指揮のような集団相手に効果があるものもちょっと、どうしても友達すらいなかったわたしには厳しいものがある。

お母様の手芸のような工芸、芸術、美術系は悪くないわね。あー、それよりも。


「そうですね、勉強の助けになるようなものがうれしいですね。本を読みやすくなったり、字がきれいになったり、数字も嫌いじゃないので計算が早くなるですとか」

「ああ、いいね。本も良く読んでいるようだし言葉を覚えるのも早いし、ありえる話だね。しかし、字がきれいにというのは?」

「えっとですね、こう、書いてみたら納得がいかなくて」

「あらそう?良く書けていたと思うけれど」

「そうですか?わたしとしてはもう少し、こう」

わたしが両手でこうっとポーズをつけてみると「いいね」って感じで笑われてしまった。

うん。実際悪くないと思うのよ。

「ステラには将来、領地経営でロランドを助けてやってほしいとは思っているから、その考えは悪くないと思うよ」


宣誓式に向かう親子が交わすであろう、良くある会話だと思う。

でもわたしのスキルはもう決まっていて、すでに検証が進んでいて、鑑定では空白、たぶんスキル無し判定を受けることになるわけで。

あまりスキルの話を広げてしまうとがっかりさせてしまうかな。お母様もちょっといろいろあったみたいだし、心配させてしまう予感。


ガタガタゴトゴトと馬車は進む。

景色は一面の畑から次第に人家が増え、宣誓式会場になる教会のある北都ミルトの街が近づいてくる。

結果はわかっている。問題なのはその先。

きゅっと軽くにぎった手を見つめる。

大丈夫、わたしはこの5年間、愛情をしっかり受けて育ってきた。わたしの家族はわたしを守ろうと動いてくれるだろう。

教会の人たちは、見物に集まった街の人たちは、どんな反応を示すだろう。

視線を進行方向へ向けると、街らしく背の高い建物ばかりになった通りの奥の方に、教会の尖塔が見えてくる。

わたしの知るキリスト教の教会っぽい作り。シンボルは十字とか月に星とかではなくて、アルファベットのOのなか、下側に☆が一つ。これが公式にマークになるらしくて、我が家の玄関ロビーにも飾ってある。毎年寄付金と交換で新しいのをくれるらしいよ。

そんな教会の前へ馬車は横付け。

御者のダニロさんがささっと扉を開けるとまずはお父様から。それからお母様、わたし、ロイスさんの順に降りる。

教会の扉は開け放たれ、迎えには法衣を着た女性が2人。それから扉の左右には教会の門兵が鎧兜に棍ていえばいいのかな、長い棒のようなものを持って立っている。一般の見物人は道の教会の反対側に立っているね。まあ領主一族の来訪だからね、そばには来ないよね。


迎えの人たちの歓迎の言葉にお父様がねぎらいと感謝の言葉をかける。

一応教会より領主の方が格は上なのでここで頭は下げない。わたしはここでは何もしなくて良いらしいのでおすまししておく。

両親の後について教会の中へ。

ふと頭上を見上げると扉の上には凝った装飾の中央にOの中に星一つのシンボル。

これがあの神様の印なのかな。唯一神ならそういうことだと思う。

その神様が仕組みを作りながら遊んでいる箱庭世界で、神様が作った仕組みの一端に触れることになるスキル鑑定の儀式。

さあ、勝負の時だ。

あのときから5年。わたしのスキルは果たして現状どういう扱いなのか。神様が作成途中で放り出したように思える、その後に調整だのなんだのはされた気配の無いスキルが、この世界の仕組みの中でどういう扱いになるのか。組み込まれていないから空白になるか文字化けするという予想なのだけれど。

そして空白や文字化けで表示されるスキルを見た周囲の人たちはどう反応するのか。

怖くない、怖くないからしっかり周りを見るんだぞ、頑張れわたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る