第10話

わたしも3歳、4歳と順調に成長し、最近ではすっかり赤ちゃんから子供にステップアップできたと思う。

庭を駆け回ることもできる。家の中を上から下まで探検することもできる。子供向けとはいえ文字多めの本もひとりで読むことができる。

だいぶいい感じに育っているんじゃない?と我ながら感心。


この段階まで来ると5歳の一大イベントが迫ってきているのも実感できるわけで、「ここにいるからお仕事してきて大丈夫よ」なんて言いながら書斎にこもらせてもらって、子供向けの本を読むふりをしながらコアちゃんや1号ちゃんに教えてもらってこの世界の情報を得られるような本も読むようになった。

これは勉強になったね。子供が読むことを想定していないから難しい言葉も多いけれど、わたしには一度大人を経験しているからある程度はわかるし、それにわたしの中に教えてくれる存在がついているからね。


この世界に名前はない。

そもそも世界地図が見つからなかった。それどころかこの国がある大陸の地図さえ中途半端なものしかなかった。

見つかったのはこの国と、その周辺国、それからその周辺部。その程度の範囲を大雑把に記した地図。

形としては南北アメリカ大陸に近い感じ。この国があるのはその北アメリカに該当する部分、アメリカ合衆国の左上辺りといったらいいのかな。

地図でもアメリカ合衆国部分はおおよそできていて、北はカナダ部分があいまい。南はそうね、メキシコ湾周辺部分がおおまかにできていて、それより南はほぼ無し。地図として確認できるのがその程度。


わたしの暮らしている国はヴェントヴェール王国。おおよそ中央にある王都から北上すると我がセルバ家の治めるリッカテッラ州がある。

やや縦長の、卵の細い方を下にしたような形をした土地。

南部から西方にかけては丘陵地、北部にも丘陵地、その間の平坦な土地は大きな川に挟まれ、豊かな穀倉地帯となっている。西方の丘陵地も野菜等の農地や酪農地が広がり、王国の食料庫としての役割を果たしているらしい。

北部丘陵地に州都ミルト、通称北都。南部丘陵地に農産物集積地や市場、他領の大都市への道を抱える南都キノット。

州都が北部に位置するのは開拓を北へ北へと進めていくうちに山岳地帯とその手前の森林に突き当たり、そこへ開拓団を率いていたセルバ家が居を構えたためだという。

領主は北にいるのに、より栄えているのは王都に近く交通の要衝でもある南というのがあれだけど、西隣りの州に王国唯一の海に面した港湾都市があって、そこに近いのは北なので流通の経路上なのは一緒。政治の中心ではある北にも何か産業の目玉がほしいとはお父様が常々言っているものの、そんなものは都合良く見つからないという状況が続いているようだ。


ここ数年の農業生産は特に豊作でも不作でもなく、まあまあの推移を続けていて領地経営は安定しているらしい。

農業生産が安定しているということは王国の食糧事情も安定しているということで、国の南の方では余所の国との小競り合いが多少はあるものの戦乱に至るようなものでもなく、その他の隣国との関係は悪い物ではない現状、よく言えば安定している、あえて悪く言えば変化のない時代が続いている。

国内で一番問題があるのが東隣りの州の北東部。山間の渓谷を透ってさらに北の方へ向かうと魔人の国があるらしいのだけれど、その前に魔物が良く現れる地帯が広がっていて、その侵入に対処しないといけないとかで、結果北方面の国との交流は薄く、地形も明確にならず、国軍の駐留も一番手厚いという状況になっている。


そんな時代の我がセルバ家。お父様、リッカテッラ州知事兼子爵家当主。ブルーノ・オッド・セルバ。オッドはお父様の母親、わたしから見て祖母の旧姓だと聞いた。お母様はイレーネ・ゾエ・セルバ。ゾエはお母様の祖母のこちらは名前だって。ミドルネームがついている人の付け方は祖父母や曾祖父母の姓名をつける流れらしくて、わたしのマノはお母様の旧姓だそうだ。

二人は領地の経営で毎日忙しくて、特にお父様は王国の食料庫が領地だって言うこともあって、王都への出張もしょっちゅう。それに執事のロイスさんもつきそうから、我が家はこの2人が留守のことが多い。

そうなると必然的にお母様が直接の領地経営をしている形になって、事務仕事が大量で本当に忙しそう。

お母様の直接の使用人、家政婦長というのかな、その仕事はロイスさんの奥様、メリサさんがするのだけれど、メリサさんは家の管理全般が担当だから事務仕事はほとんど手伝えないみたい。

お兄様はロランド・マノ・セルバ。わたしと同じくお母様の実家のマノ家からミドルネームをもらっている。お母様がわたしのミドルネームは変えようかって言ったらお父様がいやいやそこはって譲らなかったそうな。なるほど。

で、そのお兄様はわたしよりも3つ年上の7歳。町の学校に通ったり、家庭教師の人が家に来て教えたり、お父様について仕事の見学をしたりとこちらも大変に忙しそう。領主家の長男だからね、仕方が無いね。当然跡継ぎです。

お父様の弟、ベルナルド叔父様が南都の領事館に代官として赴任していて、こちらはこちらで北都へ来てお父様と何やら相談をしたり、一緒に王都へ出張したり、ときおりお兄様に武術の鍛錬をつけたりしている。どうも昔は冒険者としてもそこそこ活躍していたらしくて、剣術スキル持ちのお兄様が結構興奮してお話していた。

あとはお父様の妹、アーシア叔母様。この方はベルナルド叔父様と一緒に冒険者をしていた経験も持ち、さらには教師の資格も持つというなかなか多才な方なのだけれど、いまだ独身で南都で叔父様の手伝いをしているという話。わたしはあまり顔をあわせたことがないのだけれど、覚えている限りでは美人で人当たりの良い方だったような。

セルバ家の陣容はこんな感じ。それ以外だと叔父様のご家族がいるのだけれど、わたしはほとんど面識がない。

あ、あとお祖母様は王都にいる。王都の別邸を管理する立場で、そこからは離れられないというのが基本らしい。ちなみにお祖父様、先代の領主だね、その方はすでに亡くなっている。


家の使用人としてはお兄様付きの従者で、家庭教師とか護衛とか鍛錬の相手とかの役割もあるレナートさん、わたしの面倒をいつも見てくれるキアラさん、厨房担当で洗濯兼任で掃除兼任でな感じのギウレタさん、庭師で厩舎の馬管理と馬車の御者とあとはメッセンジャーもっていうのかな担当なダニロさん。

これで全部かな。中堅貴族の家ってこの人数で良いのだろうか。というかお母様の手伝いができる人を1人くらい追加で雇った方が良いのではとも思うけれど。

ちらりと聞いた限りではロイスさんのお孫さん、わたしよりも1つ2つ年上らしいのだけれど、そのお孫さんが我が家へ使用人見習いとして就職することになるのではということで、人手はそれ待ちなのかな。


以上予習復習終わり。

世界観的にはよくあるファンタジー世界っぽくて意外と馴染める。

そこまで華やかではないし、使用にいろいろと制約があるらしいけれど魔法もあるし、魔道具っていうのかな、魔力や魔石を利用した道具もある。


こんな時代に、わたしのスキルは果たしてどうなのか。ダンジョンは自然発生的に現れるって神様は言っていた。

冒険者というよくある探索の担当者はいる。買い取りや販売を担当するギルドもある。戦乱がないおかげで物流は安定。ということは購買力もある。

とりあえず魔石の供給源としては間違いなく価値がある。

あとは魔道具もいいだろう。たまにめずらしい物を混ぜればダンジョンの価値も同時に上がっていくという寸法。

問題は火種にならないかという部分かな。お父様の言う北にも産業がっていうのに一役買えるだろうし、ダンジョンはここより北の山際が良いだろうなって考えていて、そうなると作ろうとしている土地が州境、そして国境に近くなる。隣りの州との関係はまあ普通だろうし、北の国との間には高い山々があるので火種というほどのものにはならないかな。

どちらかというと西、海側の国との関係か。

まあ他国との関係なんてわたしが心配するだけ無駄だろうし、やってみるほか手は無しということで。あとの問題は家族の反応なのだろうね。

こればかりは観察の結果的には大丈夫な気がしているのだけれど、実際のところはわからないし、それよりも家の外側、周囲の反応よね。家の立場が悪くなるほどの強烈な反応をする人がいなければよいのだけれど。

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