第1章:輝く星になるために

第3話

どこまでもどこまでも落ちていく。

わたしの周囲を白いと感じさせていた明るさが徐々に失われていく。

あの真っ白な世界はやっぱりあちらとこちらの間だったんだな、なんて思っていると、今度は真っ暗になったなかに、うっすらと光のようなものが見え始めた。

あの先が転生先の新しい世界なのかな。

次第に大きくなっていく光に向かって手を伸ばす。

ゆっくりと光に近づいていく。

もう少しで手が届きそう。

ぐぐっと背伸びをする感覚。

まだ届かない。

もう少し。

ほら、もう少しだけ、ぐっと手を伸ばせば届きそう。

さあ、思い切り。

と、光が一気に広がり、わたし自身を包み込んだ。


世界が光を取り戻す。

明るすぎて何も見えない。違う。目が開かない。まぶたの向こう側で光が爆発している。

わたしは今どうなっているの?

手は?足は?

動かない。体があることはわかる。でもわたしの手足はどうなっているの。

あ、動く。動いた。これがたぶん腕。持ち上がったような気がする。

どう?動く?もっと持ち上がるかな?あ、あ、動く、がんばれ、まぶたの向こうの光に手を伸ばせ。

手はどうなの。これが手かな?指は?動くの?手を開いて指を動かせ。

ああー。わかんない。たぶん動く。動いた。指がうごうごしたような気がする。でもこれどの指なのよ。わかんないぞ。だめだ腕ごと落ちた感じ。動くけれど思うようにはいかない。

さ、次は足。たぶん足。わかる。わかるか?わかるって、これが足。たぶん。

動け、足を持ち上げろ。持ち上げてその辺を蹴ってみるんだ。足は腕よりわかんないな。膝とか足首とか指とかどうなっているの。動け、動かすんだー。

あ、あ、動いた。これがたぶん股関節。股関節じゃないかな。腰っぽいところからうにっと動く感触。それじゃその先が足。動かせ、蹴れ、行け。

行った、動いた。

持ち上げて、たぶん膝からぐっと伸ばして、蹴った気がする。ああー、でもすぐに落ちちゃうな。連続してなんて無理無理。また感触を見つけるところから始めないとかも。

まあね、生まれたばかりだからね、わたしは。

ふふっと心の中で軽く笑う。

なんていったって異世界転生よ。

物語の中でならありふれた出来事も、実際に自分が経験するとなるとね。

不思議なものね。わかる、わかるよ。生まれたことがわかる。

神様のところからは落っこちたけれど、たぶん、ここにわたしは生まれたんだ。


納得したね。納得したのなら次だよ。

さ、次は目を開いてみよう。

赤ちゃんの目がしっかり開くのかどうかよくわからないけれど、とりあえず挑戦。

ぐぐっと、ほらまぶたっぽいところに力を入れて。

んんー。これは難しい。難しいぞ。どうだ?動く?動かせるかな?

ぴくぴくするー。

あ、あ、動く。動いた。ほら目を開けてみよう。

うっすら、本当にうっすらとだけどまぶたが持ち上がった気がする。

何か見える?見えるかな?

この世界で初めて目にするものって何だろうね。

お母さんかな。お母さんかも。あ、先にお父さんと目があうとかもあるのかな。

あーだめだ。すぐにまぶたが落ちてしまう。

それと一緒に今度は喉の奥、胸の中の方からぐぐっと何かが持ち上がる感触がする。

空気かな。空気かも。そうだよね。しっかり呼吸しないと。この空気を外に吐き出せばいいのかな。えいって、えいってお腹に力を入れて。なんだかふにゃふにゃな気がするお腹だけど、ほらしっかり。

だんだん空気が上がってくる感触。もう少しだよ。はいあと少し。大きく口を開けてー、


ほぎゃー!おぎゃー!


ああ、音が、声が出た。思い切り空気を吐き出してお腹の底から喉をいっぱいに使って。これがわたしの、この世界での第一声。

まあね、赤ちゃんだからね。言葉にはなっていないけれど、声を上げることができた。

この世界に生まれたよって。

これから頑張るから、みんなよろしくねって。声を上げることができた。


─────────────────────────


膝に置いた手が震える。

扉の前に椅子を並べて座ってからどれだけの時間が経っただろうか。

大丈夫、大丈夫だ。初めての子ではないのだ、わかるだろう。落ち着け。

私の隣ではその初めての子である長男が、緊張した面持ちでじっと椅子に座っている。

自分もまた緊張していることに気づき、深呼吸をして落ち着こうと試みる。それを何度繰り返しただろうか。

次の子が男の子でも女の子でもかまわない。どちらの名前も考えてある。

個人的には娘というものに憧れがあるので妻によく似た女の子だと良いと思うが、いろいろと教えることのできる息子をもう一人というのも悪くない。いやそれも良い。

どの部屋を使うかを決めて家具や玩具の準備も進めている。気が早いと笑われたが仕方が無い。

まだか。緊張をほぐすようにぎゅっと目を閉じる。まだか。


‥‥ほぎゃー!おぎゃー!


っ!

腰が浮く。ガタガタっという音に驚いて隣を見ると、長男が椅子ごと横倒しになってもがいている。

落ち着け。

私の腰も浮いているが足は椅子の内側にかかったままだ。落ち着け。手で膝を押すようにして腰を上げ、こわばった足をゆっくりと椅子から外して伸ばす。

深呼吸だ。落ち着け。

扉を見る。開けるか、開けて良いのか。

扉に手をかけ、もう一つ深呼吸をする。

ゆっくりと開くと、扉を開けようとしていたのか、近くまで来ていた助産師がにこやかに礼をする。

わかるぞ。良い泣き声だった。元気な子だ。

女の子か、女の子だな。わかるぞ、声でわかる。

ベッドでは肩からガウンをかけた妻が丸まったタオルケットを大事そうに抱きかかえている。

ああ、あれはきっと。

丸まったタオルケットがもぞもぞと動く。布地の向こうから小さなものがちらりと見える。手だ。小さな小さな手が、そっと妻の顔の方へ向かって差し出されては戻り、差し出されては戻る。

近寄ってそっと妻の肩に手をおくと、ふんわりとした笑顔を私の方へ向け、小さくうなずく。

遅れて駆けつけてきた息子もベッド脇から身を乗り出すようにしてのぞき込んでいる。


うごー!ほぎょー!


もぞもぞと動くタオルケットから大きな泣き声。ああそんな声で泣くな。あまり女の子らしい声じゃないぞ。声色は確かに少し高く女の子なのに、音がな、どうしたそんなに叫ぶように。

そっとタオルケットの下に手を差し入れて抱きかかえる。布地が割れて顔がはっきりと見える。私を見ているのか?、細く薄く目を開けているように見える。

泣くのを止め、じっと私の方へその目を向けてくる

ああ、私の娘よ。


「よく、私たちの元に生まれてきてくれた。ありがとう。ステラ・マノ・セルバ。それがおまえの名前だ。どうかその名のように、夜空に輝く星のように、道に迷う私たちを照らし続けておくれ」


─────────────────────────


それまでのわたしの人生は病とともにあった。

苦しんだり悲しんだり、それなりに楽しんだことだってあった。

長かったような短かったような、うん、人生と言うには短かったね。そんなわたしの一回目の人生は終わった。

優しかった家族に別れを告げて、あの日、思うようには生ききれなかった時間は終わりを告げた。

そしてこの日、わたし、ステラ・マノ・セルバはその生を受けた。

新しい世界で新しい家族の元、おもいきり生きていくために。

お父さん、お母さん、お兄ちゃん。そうか、以前と同じ家族なんだ。ありがとう、神様にはそのことに感謝したい。

そしてそうかと思う。わたしは星か。

いいよ、いいね。輝く星か。まかせて、わたしは輝くよ。あなたたち家族の願いをのせて、きっとこの世界に輝く星になるよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る