第4話
こちらに生まれ変わって1カ月くらいが過ぎました。
最初の内は本当に眠ってばかりだった気がするな。
目を開いてもぼんやりと、この辺に何かあるのかもしれないって見えているだけで、人の形が、あれよ、布をかぶったお化けみたいな感じに見えていて変なの。形を認識できていなかったのね。
すぐそばに、たぶんお母さん。このひらひらしているのが髪の毛かな、長いねっていう印象で、わたしがほぎゃーって泣くとさっと抱いておっぱい飲ませてくれるの。
胸に抱かれると暖かくて柔らかくて何だかそれだけで幸せな気持ちになるのよ。
これはきっとお母さんよね。
目を開けたときはいつもいてくれた。さすがお母さん。
それにしても赤ちゃんて不自由ね。
まず思考が続かない。すぐに眠くなる。
成長のために必要なことなのだから仕方がないのだけれど、考えないといけないことがたくさんあるのにね。眠い眠い。
それから手足の動きが悪い。
最近ようやく力を入れて動かせるようになったかなという程度。
体はグニャグニャなのにね。ぐっぐっと体は動くのだけれど、この関節をこう曲げて、この部分に力を入れてなんて思っても無理。
筋肉なんてないし、神経も発達していないのかな。うまく信号が伝わっていないような感じ。
でもあんまり無理に動かしてどこか痛めるのも嫌だし、適度にね。ぐにぐにっと動いて運動をしましょう、運動運動。
「おっぱい飲んでジタバタして、すぐに眠ってしまって。元気ねえ。あら、にこにこして、ご機嫌ね」
最近目を覚ましてもすぐ近くにお母さんがいないことがある。
わたしがほぎゃーってやるとすぐに来てくれるから近くにはいるみたいだけれど、最初にのぞき込んでくるのはお母さん以外の、誰だろう、お母さんより少し背が小さいのかな、髪の毛も短い気がする。お手伝いさんとかメイドさんなのかな?
わたしを抱き上げて背中をぽんぽんしてくれて、何か声をかけてくれているのもわかる。でもうまく聞き取れないね。耳がまだ発達していないのかな。それからお母さんが来てすっと渡してくれているみたい。
うーん、この人も暖かいな。いい感じ。でもふわふわ加減はお母さんの勝ち。
わたしの周りにいるのはたいていこの2人。
あとはたまに大きな人。たぶんお父さん。目を覚ましたときにいるっていうことは少ないけれど、そのときには必ずわたしに触れていく。
あと小さい人。この人はわたしの兄かな。お兄ちゃん。神様がいるっていっていたしね。この人もわたしに触っていくなあ。
今日もお兄ちゃんいるね。お母さんに抱かれているわたしの頬に触れようとしてくる。
お化けみたいなもやっとした塊から細長いもやっとしたものが伸びてくる。これたぶんお兄ちゃんの手。
その手の先っぽに向かってわたしも手を伸ばしてみる。
差し出されていた手は頬からわたしの手に行き先を変えて、わたしの指先にそっと触れてくる。
あー、うー。
わたしの手はまだしっかり開いていなくて、触れてきたお兄ちゃんの指をつかんだりはできない。
でもだんだんいろんなことができるようになってきたよ。
あーうー。
「あらあら、お兄ちゃんがわかるのかしらね?」
「はい。なんだか目があっている気がします」
「声も出るるようになってきたし、もうしばらくすれば首もしっかりするでしょう。そうしたらもっと触れ合ってあげてね」
2人が何か楽しげに話している。もう少しすればわたしにも聞き取れるようになるだろうし、手が開くようになれば今度はぎゅっとできるようになるよ。
うっうー、楽しみ!
頭が動くようになってきた。
肩が上がるようになってきた。
指が開くようになってきた。
視界がすっきりとしてものがはっきり見えるようになってきた。
安定してそこそこの時間、思考が続くようになってきた。
こうしてみると今までは本当に人としての基礎が作られるための時間だったのね。思考が続くようになって、ようやく人生始まった感がでてきたわ。
そしてここに至ってようやく、スキルのことを考えられるようになってきた。
ダンジョンマスター。
使い方どころか設定途中で放り出されたものだから、何も詳しいことを聞くことができなかったのだけれど、スキルの使い方ってどこをどうすれば良いのかさっぱりわからない。
スキルー、スキルー、ダンジョンマスター、とかって念じてみたけれどそれで何か起きると言うことはなし。
うーんと悩むことしばし、そうだ窓、ウインドウ。良くお話にあるじゃない、スキル画面のウインドウが目の前にぽんと開くやつ。あんな感じにならない?
とにかくやってみる。ウィンドウオープン!
はい、だめでした!
ステータスオープン! スキルオープン! スキルウィンドウオープン!
ええい、何か動作にひも付けられているとかはないの。こう手を振るとかさ。ウインドウオープンと考えながら指で空間をタッチとか、だめ? だめなの? だめでした!
ええい、どうなっているのよスキル。
「さっきから良く動きますねー、今日もご機嫌ですか?」
部屋の中を拭き掃除してまわっているメイドさんに声をかけられる。
はいご機嫌ですよ、でも悩んでいますよ。楽しい悩みだからいいんだけどさ。ええいこうだ! ああだ! だめだー! ってね。何だかこれはこれで楽しくなってきましたよ。
おっおー。
さ、ウィンドウ表示はあるのかないのか全然だから、別のことを考えよう。
神様のところから落ちるときに、わたしは机の上にあった何かをつかんだ。つかんだ感触からして、たぶん神様が用意していたいくつかあった球体。
あとから来た人たちの分もまとめて用意していたのなら複数あっても納得。あのうちの一つがわたしのスキルオーブっていうことになる。
どうよこの想像力。だてにいくつもその手の本を読んでいないわ。
さて、ここで問題。あのオーブはどこにいったのでしょう。
うん、持っていないのよね、あれ。生まれたときに一緒に出てきたとか、うん、ないわ。そんなことになっていたら大騒ぎだっただろうからね、ないね。
それならどこへ?
落ちている途中で消えた?
そんなもったいない。
落ちている途中で手放してしまった?
ありえそうで怖い。
転生したときにわたしの中に取り込まれた?
それはもしかしたらあり得そう。
よし、考えよう。あれはスキルオーブ、スキルオーブ。スキルを願ってもなにも動かないのはきっとスキルオーブが未使用状態とか未開封状態とかなせい。きっとそう。
そうしたら次はそれをどうすれば使えるか。
うーん、そうだ。オーブが非表示になっているとかどこかにしまわれているとか。
じゃあオーブよ来いとか、表示されろとかどうかな。
来い、来い、オーブよ来い。来ない。むむむ。違うのかな。
オーブってわたしが勝手にいっているだけだから他の呼び方があるとか?
オーブの別の言い方って何があるのかな。球体のことよね。球体、円いもの、宝玉とか。玉。球。うーん、核、コア?
お、お?
何かが反応した。何かがあるような気がする。
わたしの中に、体の中? 頭の中? 心の中? えーと、とにかく何かがそこにあるような気がする。
これだ、きっとたぶんそう。
さあ、ここからだよ。なんでコアなのかはよくわからないけれど、この呼び方で正解だったみたいだから、これでいく。
コア、コア、ここからどうしたらいい。動けとか起動しろとか表示されろとか考えても進まないみたい。じゃあどうする。
作る?
あ、何か反応した。した気がする。よし作るよ。コアを作る。
神様のところで見たものは球体だった。わたしが片手でつかめるような大きさ。それくらいの大きさ。
いやでもあの大きさって、今のわたしからしたらかなり大きいような。あんなのが急にわたしの上に現れて落ちてきたらとか想像しちゃったじゃない。
そこは作るのはわたしなんだから、わたしの手に収まるようなサイズになってほしいものね。よし、イメージイメージ。
わたしの、この小さな両手で器を作ってそこに収まるくらいの大きさ。丸い玉で淡く光っていたりすると格好いい。で、作った時には宙に浮いていて、設置すると固定化される感じ。よしイメージ完了。
さあこい。コア作成! スキルコア? 変な呼び方だな、とにかくコア、来て! と、願う。はい! 来た! 来ました! 目の前に淡く光る小さな球体。イメージ通り!
わぁーと思いながら手を伸ばす。触れるかな?触れるね。ほんのりと暖かい。お母さんに触れているときのような暖かさ。気持ちいい。
コアを両手で包む。ちょうどいい大きさ、ちょうどいい暖かさ。動かせるかな? ころころ、手のひらでころころ。おお、動くよ。動くというか手のひらの間でくるくる回っている。わー。
「どうしましたー? 手のひらの間に何かあるのかなー?」
コアの真ん中ににょきっと指先。
窓を拭いていたメイドさんがいつの間にかベッドの脇に立っていた。両手を挙げて変な動きをしていたわたしに気がついたみたい。
でも今の反応を見るとメイドさんにはコアが見えていないみたいね。
気がつくとコアが見当たらない。いつの間にか消えている。非表示にでもなったのかな。
そのコアのあった両手のひらの間で指先がくるくるする。
おのれ! これかこの指先が悪さをしてコアを消したのかー! ばしー!
両手のひらで指をはさむ。もみもみころころ。
「あらあらあらー、捕まってしまいましたー」
遊んでもらって満足して、眠くなってしまってぐっすり眠って。
目が覚めてからはたと気がつく。コア、どこにいったの。
意識してみると胸の奥の方が暖かい。この暖かさは近い気がする。
両手を胸の前に差し出して、暖かさの方へおいでーおいでーと呼びかけてみる。
すうっと胸の辺りからコアが浮かび上がってきた。そこにいたんだね、という気持ち。なるほどコアはわたしの中にしまっておける。
まだちょっと眠かったので、コアを抱きしめるようにするとまた胸のなかへ暖かさが戻っていった。はーい、そこにいてねー。暖かいの幸せだからねー、そこに置いておくからよろしくねー。何がよろしくなんだろー、わかんないなー、眠いねー。
眠いー、はーい、おやすみなさい。
【システムコアの起動を確認しました――――オペレーションシステムのインストールを開始します――――――――完了しました。続いて新規ワールドの設定を開始します――――――――完了しました。ここに新しい世界が誕生しました。ワールド名:ステラ・マノ・セルバ。その誕生をお祝いしましょう】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます