11─1:クラウス視点
──五年前。
第一王子クラウス・エーデルシュタイン。それが私の名だ。
魔法学園に通いながら、王位を継ぐため日々父の補佐をしている。
「殿下!」
魔法学園からの帰り、待ち伏せをしていた様子の伯爵に呼び止められた。
「コールデン伯爵。私に何か御用ですか」
「いやはや……娘のリリアーナとのお見合いは考えていただけましたかな」
その話は正式な手続きが必要だと何度も伝えているはずだ。
私からの推薦欲しさに、この者は直談判と言う愚行に及んでいるのか。
「申し訳ございません、私の一存では何とも……。リリアーナ嬢はお元気にしていらっしゃいますか」
「元気にして……っいや、殿下のことを考えて夜も眠れない様子です。普段は気丈な娘の豹変ぶりに父親としても心配しておりまして……恋煩いとは恐ろしいものですな」
どの口が言っているのか。彼女はこの間ご友人とお茶会を開いていたと報告が上がっている。
それに彼女には思い人がいたはずだ。先日伯爵の領土を視察に訪れた際、青年と仲睦まじく肩を寄せ合う姿を見かけている。
「……分かりました。近いうちに私の方からお体が大事ないか便りを一通送らせていただきます。この話は一度それでご容赦いただけないでしょうか」
「! そうですかそうですか!殿下から便りが届けば娘も喜びます!つきましては─」
手のひらを擦り合わせ、下衆な笑みを浮かべながら伯爵は私の耳に口を寄せてくる。生暖かい息が耳にかかり背筋を悪寒が走った。
「娘の恋路に私の心許ない爵位が響いてはなんですから、国王陛下に私の爵位を上げていただくよう殿下から進言─」
「殿下!」
「クラウス様!」
次から次へと湧いて出てくる。
この者達には欲望が尽きることが無いのか。
「う……っ」
いけない、まただ。
「皆、悪いが私は急ぎの用がある。用がある者は侍従を通してくれ」
「殿下!」
「そこをなんとか!」
尚も呼び止める声に背を向け、私は自室への道を急ぐのだった。
***
自室のバスタブに縋り付き、堪えていたものを吐き出す。
「お……え。ごほっ!ごほっ!……は、あ……はあ」
──気持ちが悪い。
私には権力に群がるあの者達の口が、汚物をまき散らしているように思えてしょうがない。
自身の潔癖な性格があだとなって、今ではこうして度々吐き気を催している。
幾らかえずいたところで呼吸を整え、自室の天井を仰ぎ見る。
──こんなことで王位継承者を名乗れるのか。
私にとって国王である父上は目指すべき目標だ。
私や城に住まう者達、民が平穏に暮らせているのは偏に父上が国を統治しているからに他ならない。
幼き頃は自分も父上のように立派な王になるのだと志していたものだ。
だが今ではどうだ。蓋を開ければ、権力に群がる役人どもが発する汚物で我が身が穢れていく一方だ。
──うんざりだ。
弟のレオンハルトは頑なに情勢に関わろうとせず、リヒトに至っては王位継承権を狙う第三王妃によって幼心を痛めてしまっている。
そんな弟達の分までしっかりしなければと思えば思う程、寄せられる期待という拘束具が首を絞め上げ、身動きがとれなくなっていく。
──私は未だ何も成し遂げていない……こんなことでは父上が守ってきた民に顔向けが出来ない。
ふと今朝、朝食の集いで父上の口から魔国の話が出たことを思い出す。
魔国には民や役人を統べる者がいないと言う。
このような葛藤を持つこともない国など、そこは楽園なのではないだろうか。
「……」
濁った思考の中で一つ決断する。
──これは逃げるわけではない。ただ……。
劣悪な環境という噂の魔国を訪れることで比較したかったのかもしれない。
私の国は……何も成し遂げていない私でさえも、魔国に比べればまだ救いがあるのだと。
***
「案外楽に抜け出せたな」
王国と魔国を繋ぐゲート前で一息つく。
皆が寝静まった夜を見計らって部屋を抜け出し、護衛の目をすり抜けてここまで来れた。
途中、神が力を貸してくれたのかと思う程に幸運が重なった。
──私は神など信じてはいないが。
ふと目の前にあるゲートを見上げる。
魔獣や魔人もゲートを通って王国に流れ出てきている。
ゲートの前に騎士を配置すれば良いだろうと思うかもしれないが、どういうことかゲートは王国の各所に突然現れては気付いた時には消えている。
城から一番近いところに存在するこのゲートだけは魔王自ら作ったもので、消失することが無いと言う。
──魔王……。
今から私が行こうとしている国は、魔王の魔力災害で瘴気が溢れ、魔獣や魔人が闊歩していると聞く。
前もってヨハン先生に状態異常を抑制する薬を調合してもらっていて正解だった。
瓶の中の液体を飲み干し、何かあった時は自分の身は自分で守ろうと腰に下げた剣に手を添える。
──行くか。
まだ見ぬ土地を一目見るため、魔国に繋がるゲートをくぐるのだった。
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