10─3:王国編

 謁見の間の扉の前に着き、近衛兵が声を張り上げる。


「魔国の使者殿をお連れしました!」


 重厚な扉が音を立てて開き、室内の全貌が明らかになる。

 謁見の間には玉座に腰を据える国王の他に、高貴な佇まいをした者達が一堂に会している。誰も彼も、いかにもこの国の主要人物であるといった雰囲気だ。


 一方で、ほとんどの者が私の姿を見て落胆した表情を見せている。

 言いたいことは分かる。年端もいかない少女が魔国の使者として現れたのだ。

 対立する国同士の前代未聞の会合という期待と疑念が渦巻く中、私を使者として選んだ魔国の選択がこの場にいる者の疑念を加速させているのだろう。


 一礼をして玉座まで歩いていく。

 毅然とした歩き方もヴィーの指導の下練習してきた、抜かりはない。

 向けられる視線を一身に浴びながら玉座まで歩みを進め、国王の御前で跪き頭を垂れる。


「国王陛下におかれましては、いよいよご清栄のこととお慶び申し上げます」

「魔国より馳せ参じました、マオラと申します」

「この度はお目にかかる機会をいただき、誠にありがとうございます」


「貴様!王の御前でフードを被るなど無礼であるぞ!」


「……」


 背後から高圧的な怒声が投げかけられる。役職付きなのだろうか、何かの制服に身を包んだ男が私を指差してわなわなと震えていた。

 想定していた通りの反応だ。指摘されることを視野に入れてこの場までフードを被っていたが、これは良い機会である。

 躊躇するようにいくらかの間をおいて人目避けに被っていたフードを脱いだ瞬間、息を呑む気配がした。


「ば、化け物……」


「よさぬか」


 私の髪色を見て思わず口走ったのだろう。それ以上の失言を国王が制止する。


「わしも白髪であるが。お主はわしのことも化け物であると申すのか」


「め、滅相もございません!」

「私が言いたいのは、少女の姿で白髪など何か呪いにでも……」


「よせと言っているのが聞こえぬのか!!」


 持っていた杖で床をつく金属音が謁見の間に響き渡る。

 これには失言をした者も震え上がり「も、申し訳ございません!」と頭を床に擦り付けた。


「魔国のお嬢さん、わしの国の者が大変失礼をした。己の裁量でしか物事を図れん男だ、この者の無礼を許してはもらえぬか」

「私の年齢でこの髪色が異端であることは事実です、気にしておりません。ご配慮いただきありがとうございます」


「さて。此度の不可侵、和平条約の話聞き及んでいる。宰相、条約内容を読み上げてくれるか」

「は!」


 宰相と呼ばれた男が書状を掲げ、条約内容を読み上げていく。

 ヴィーが仲介して交渉してくれた内容と寸分違わぬ内容だ。


「相違ないか」

「相違ございません」


「あいわかった」

「して貴殿が魔国からの使者というのは、我が国は軽んじられているということだろうか」


 ──やはりそうなるか。


 国王の言葉に、謁見の間に集う者達が固唾をのむ。皆口にせずとも思っていたことなのだろう。

 これは子供の遊びではない。一般的に考えて齢十七の少女が条約を締結させるために使者として派遣されるわけがないのだ。

 王国側としては自分たちの国は軽んじられて、魔国はそのような愚行に踏み出たのかと思うだろう。


 ──訂正する必要があるわね。


「滅相もございません。国王陛下、発言をお許しいただけますか?」

「申してみよ」


「我が国から何の説明も無く、一端の小娘が使者として陛下の御前に現れたこと、ご不快な思いをさせてしまい大変申し訳ございません。魔王は特異な体質故に王国に長居することが出来ない身であるため、魔王の後継人にあたる私が参りました。魔王の特異な体質については、和平交渉の際に既に聞き及んでおられるかと存じます」


 これには皆思い当たることがあるのか「聞いていた情報に違いない」と頷いている様子だ。


「此度、私が馳せ参じた理由といたしましては、私がどんな人間かを知っていただく必要がございます」

「と言うのも、私は魔国を再建するため、今までに様々な取り組みを行ってまいりました。近年の魔国の情勢をご存じでいらっしゃいましたら、それは私の取り組みが功を成した結果と捉えていただけますと幸いです。その点から言っても、私の他に私以上に魔国の情勢を知る者は居ないと自負しております。また、魔王も同じ見解でこの度この場に私を派遣しております」


 魔国の情勢についても心当たりがあるのだろう、「あれをこの少女が?」と一様に疑念を口にする。


「一端の小娘が魔国の使者などと戯れが過ぎるとお思いになられているかと存じますが、魔国は王国と良好な関係を築くために最善の行動を選択しております。つきましては、国王陛下のご厚情を賜りたくお願い申し上げます」


 謁見の間に沈黙が流れる。

 そんな沈黙を破ったのは国王だった。


「わははは!胆の座ったお嬢さんだ、気に入った。どうだろう、クラウスの婚約者になってくれる気はないかね?」


「陛下!」

「いけません!」


 国王の戯れに、配下達が飛び掛からんとする勢いで止めに入る。

 私も私で内心苦笑いを漏らす。


 ──冷静に考えれば、第一王子の婚約者を魔国から選ぶのはあり得ないことだと分かるものだけど。

 ──国王の冗談は冗談に聞こえないものね。


 自身の言動を口々に非難する様子に、国王は玉座の肘掛けに頬杖をつきつまらなそうにため息をこぼした。


「冗談の通じぬ者達だ。そんな固い頭であるから、奥方に逃げられるのだぞ。大臣」


「へ、陛下!」

「この場には関係のない話でございます!」


 それを聞いた配下達が失笑を嚙み殺し何とも言えない顔をする中、国王は居住まいを正し私に向き直る。


「試すような真似をして悪かった、この者達にお嬢さんを認めてもらうためにはこうする他なかったのだ。何よりお嬢さんの言葉は理にかなっている。わしはお嬢さんのことを信頼に足る人物だと判断した」


 ──ここに集まっている人達の内心を代弁して場を収めたのね……。


「ご配慮いただきありがとうございます」と再度頭を垂れる。


「うむ。この場を以て、貴殿を魔国からの使いとして認めよう。我が国にとって大事な客人だ、王国に滞在する間の使者殿の生活はわしが保障しよう」

「不可侵、和平条約について、わしは既に賛成しておるが、面倒なことに手順を踏まねばならぬと言う。条約の締結については、そこにおる宰相と話し合うが良い」


「普段は執務室におりますので」と言うこの国の宰相に一礼する。


 一連の話がまとまったところで、国王は蓄えた白ひげを一撫でし記憶を辿るように視線を巡らせた。


「……どうにも最近忘れやすくていかん」

「……ああ、そうであったそうであった」

「して、以前話していた通り、レオンハルトの武術の指南役を任されてはくれるか」


 ──どのルートでも私か暗殺者アドルフに殺される第二王子ね。


「心得ております」

「根は良い子なんだが、いかんせん気性が荒い。愚息のことよろしく頼む」


「それと、わしのことはこの国に滞在する上で、第二の父とでも思ってくれて良い」

「汗臭い息子ばかりでわしもお嬢さんのような娘が欲しいと思っていたところなのだ」


 ──無理がある……。

 ──魔王の父親に国王の父親まで持ってしまったら重圧で胃に穴が開いてしまうわ。


 話はここまでと言わんばかりに国王は宰相に目配せをする。


「今この瞬間より、使者殿への不敬は王国への冒涜と捉える!皆の者、心して使者殿を迎え入れるように!」


「は!」


 無事に会合を終え、宰相と今後の方針を話し合っていると、なにやら遠巻きに視線を感じる。向けられている視線の先を辿ると、謁見の間に集う国王の配下達がこちらの様子を窺いながら何事かを話し合っていた。

 宰相の話に相槌を打ちながらその者達の話に聞き耳を立てると、情勢を立て直した方法を聞きたいがあの髪は本当に呪いではないのか、言葉を交わすことで自分も呪われるのではないかと声を潜めて話し合っているようである。


 ──だとしたら既にあなた達の主君は呪われているわ。


 呆れにも似たため息をこぼし、ここには居ない従者に思いを馳せる。


 ──ヴィー不在でなんとか乗り切れたわ。

 ──今頃解放されてる頃かしら……宰相との話が終わったら合流しなきゃ。


 そんなことを考えていると、不意に扉の外が騒がしくなり、予期せず謁見の間の扉が音を立てて開かれた。




「父上!魔国から白髪の使者が来ているとは本当ですか!」




 近衛兵の制止を物ともせず、金髪に碧眼のいかにも王子と言う身なりをした人物が凛と通る声で謁見の間に乗り込んできたのだ。


 ──あれは……確か。


「で、殿下!謁見の申請もなさっておりませんのに、なりません!」




 ──第一王子クラウス・エーデルシュタイン。 

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