10─2:王国編

 謁見の間までの道中、ヴィーの人気がすごかった。

 通りすがる貴族のご令嬢に片っ端から声をかけられているのだ。


 言ってる傍からまたもう一組。


「ヴィル様!朝からヴィル様にお会い出来るなんて私とってもついてるわ!」

「ねえ、ヴィル様?会えない日々に私、気が滅入っておりましたのよ?今回は長く滞在してくださるの?」


「これはこれは、皆様本日もお美しい限りで。今回は長期滞在する予定でございますよ。私のような下賤な者にまでその心を割いてご配慮くださるなど、ご令嬢方は心まで美しいのですね」


「キャー」という黄色い悲鳴が後方から聞こえる。


 国王が謁見の間で待っている手前、ヴィーのモテ機を目に焼き付けるという無意味なことに時間を割かれるわけにはいかない。

 先導する近衛兵に「宜しいのですか?」と聞かれもしたが、「問題ないわ、陛下が待っておられるもの。先を急ぎましょう」と返した。


「お、お嬢様……!」という声が後方から聞こえた気がしたが、みるみるうちにご令嬢達に取り囲まれていくヴィーを残して私は謁見の間への道を急ぐのであった。




 ***




 先導する近衛兵の後をついて行く形で廊下を歩き進めていると、黒いローブに身を包んだ長身長髪の男性が前方から歩いてくるのが見えた。


 ──何あれ、背中に黒い影を背負ってる。


 男性の背中から首にかけて黒い影が蠢いている。

 一瞬魔王のように魔力漏れかとも思ったが、首にかかっている黒い影は男性を逃がすまいと絡みつく人間の腕のようにも見える。


 ──黒い影が男性に憑りついているように見えるわ。


 どこかで聞いたことのある感想に既視感を覚えるも、今はそれどころではないのだと雑念を振り払う。

 とは言え、前方の男性は先ほどからふらふらとした足取りで、いつか倒れてしまうのではないかと見ていてハラハラしてしまう。


 ──大丈夫かしら、すごく体調悪そう。


 前方の私が見えていないのではないかと思う程に俯いて歩を進める男性は、依然ふらふらとしながら私との距離を縮めていく。

 徐々に縮まる距離の中、あまりの危なっかしさに目を逸らせないで居ると、すれ違う瞬間、ぐらりと男性の体が大きく揺らいだ。


「危ない!」


 咄嗟に手を伸ばし、倒れそうになった体を支える。

 私が鍛え過ぎたせいだろうか、男性の体は驚くほどに軽かった。


「大丈夫ですか……?」

「あ、ああ……申し訳ございません。助けていただいてありがとうございます」


 俯いていて見えなかったがその耳は横に長く、ヴィーに以前聞いていたエルフという種族の特徴とよく当てはまる。

 それに、この男性と初めて会ったというのにその顔はどこか見覚えがあった。


 抱きかかえた状態でその顔を凝視していると「あの?」と怪訝そうな顔をされてしまう。


「し、失礼しました!体調が優れないように見えましたので、お大事にされてください」

「ありがとうございます。逞しいお嬢さん」


 ──逞しい……?


 鳴りを潜めているとはいえ鍛え抜かれた筋肉のことを言っているのだろうか。

 そんなに強い力で体を支えたつもりはないのだが、初対面で逞しさを感じられてしまった。


 ──十七歳的に逞しいという第一印象はちょっと複雑よね……。


 男性は「先を急いでおりますので、失礼します」と軽く会釈をして、同様にふらふらとした足取りですれ違って行った。

 その後ろ姿を目で追いながら、立ち止まってくれていた近衛兵に疑問を投げかける。


「今の方は?」

魔法学園アカデミーの教師、ヨハン先生ですよ。ご立派な方なのですが、しょっちゅう魔力切れをおこして倒れていらっしゃるんです。王国に着いて早々失礼をしました。大の男をその腕で支えたのです、お体は大丈夫ですか?」


「問題ないわ」と返し、聞き覚えのある名前を思い起こす。


 ──ヨハン……サキュバスに憑りつかれた攻略対象ね。


 背中から首にかけて蠢いていた黒い影はサキュバスだったのだろう。

 近衛兵の言葉通りの意味なら、魔力を活動の源とするサキュバスに自身の魔力を吸われ続けていることで魔力切れを起こしているに違いない。


 馬車の中で手記を読んだばかりだと言うのに、咄嗟にヨハンだと気付けなかったことが悔やまれる。

 ヴィーに前もって調査してもらっていたが、城にいる耳長のエルフは彼だけなのである。


 彼も私が王国に滞在する中で関わることになる重要人物である。

 気付いていれば、もっと踏み込んだ挨拶が出来ていたかもしれない。


 ──後悔していてもしょうがないわよね……。

 ──「魔力断絶」の魔法スキルを会得する方法を指南してもらう相手の顔を前もって確認出来ただけでも良かったわ。


 思わぬところで攻略対象と遭遇したが、今はそれどころではないのだ。

 踵を返し、当初の目的通り謁見の間へ向かうのであった。

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