10─1:王国編

 城に向かう馬車の中から王国の空を仰ぎ見る。


 雲一つない青空だ。


 瘴気が消え去った今魔国にも空はあるのだが、一年中太陽が昇ることは無く、住民は夜空の月明りの下生活をしている。


 ──十年ぶりの日差しね。


 日に焼けることのなかった陶器のように白い肌が日差しに当てられじりじりと熱を持っている。


 馬車に揺られながら、手に持っていた手帳を開く。

 この手帳には前世で攻略していた乙女ゲームの情報が書かれている。

 この知識が役に立つ日が来るかもしれないと思い、この世界に転生して日も浅い頃に書き記したものだ。


 【親愛なる終末の君へ】、全てのルートでマオラは破滅的な終わりを迎えていた。


 第一王子クラウスルートは攻略したことが無いので未知数であるが、第二王子レオンハルトルートでは、その力を神聖視されている聖女と表向き仲良くなり、王国の信頼を得た上で第二王子暗殺事件を決行していた。

 護衛の数を減らすために少数のアンデットの兵を従えて暗殺に向かった先で、聖女の光魔法に邪魔をされ、顔を見られたことで一度魔国に身を引くことになる。

 自分の身を守ってくれた聖女に心動かされたレオンハルトと聖女が手を取り合い、魔王の野望を打ち破るために後日魔王城でマオラと再会。聖女の説得も空しく決裂し、二人の手で倒されるというのが大筋だ。


 第三王子リヒトルートでは、顔合わせこそしているが聖女とマオラが仲良くなることはなく、とくに出番もないままメリーバッドエンドで物語が終わっている。後日談として、自身の魔力に吞み込まれ我を失った魔王に最後まで付き従い、終末の世界で自分たちだけの楽園を作ろうとするリヒトと聖女の手によって敗れていると公式が発表している。


 魔法使いヨハンルートでも、顔合わせこそしているが聖女とマオラが仲良くなることはなく、魔王が引き起こす魔力災害を黙認し、あまつさえ王国に災いを持ち込もうとした反逆罪で魔王と共に討伐対象として王国から命を狙われることになっていた。


 同じく暗殺者アドルフルートでも、顔合わせこそしているが聖女とマオラが仲良くなることはなく、第二王子を暗殺に向かった先で先に行動を起こしていたアドルフとそれを止めようとする聖女の姿を見てマオラは一度撤退していた。

 アドルフの母親の仇とする国王への憎しみは聖女の奮闘によって誤解であったと気付くことになり、本来の仇である第三王妃は悪事が明るみになり投獄される。その一件で憎しみから解放してくれた聖女の手を取りアドルフは王国側に着くことになる。マオラは再度第二王子を暗殺しに現れ、待ち構えていたアドルフと対峙。死闘の末倒されていた。


 全てのルートに共通することは、王国を意のままにしようとする魔王の指示の下、表向き和平交渉のためにマオラは王国に派遣されていたということである。

 今世の私は魔王の配下ではないし、第二王子を暗殺する理由もない。この十年王国から勇者や冒険者が来ることもなく、魔王に至っては王国を支配したいという野望を抱いている素振りもない。


 ──ゲームの設定から逸れてるわよね。


 もちろんこれからのことは分からないが、そのための不可侵条約なのだ。

 締結させてしまえば、乙女ゲームの設定のように魔王が王国に敵意を向けることは無いはずである。

 それでも何の因果か十七歳を迎えた今、私はシナリオ通りに王国に向かっている。


 ──ゲームのシナリオを変えることは出来ないということかしら。

 ──念のため、誰のルートに入っているか、王国で聖女の行動を分析する必要があるわね。


 ネックレスの先に吊るしていた鍵で手帳を施錠し、ヴィーに「読み終わったわ」と手渡したところで馬車の揺れが緩やかに止まる。

 窓から外を覗けば、馬車は城の裏口に停められていた。一部を除いてまだ公にしていない会合なのである、人目を避けるに越したことはない。


「お嬢様、お手を」


 ヴィーが先導して馬車の下から手を差し出してくれる。

 フードを目深に被り、ヴィーの手を取って私も馬車を降りた。


 幾人かの護衛に「ここまでありがとう」とお礼を言うも、訝しげな視線を向けられるだけで返事は無い。

 無理もない。魔国からの使者がこんな子供であると誰が想像しただろうか。


 ──この反応、分かっていたことだけど……先行き不安ね。


「使者殿でいらっしゃいますか?」


 裏門に待機していた近衛兵が駆け寄って来て開口一番そう尋ねられた。


「ええ、私共は─」


 顔が割れているヴィーが私の代わりに話を通してくれる。

 話を聞いた近衛兵はこちらに一礼をし「こちらです」と城への道を手引きしてくれた。


「謁見の間で国王陛下がお待ちです。ご案内いたします」


 こうして私達は近衛兵の案内の下、謁見の間に向かうのだった。 

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