9─1:出立の日

 今日は私の十七回目の誕生日であり、王国に出立する日である。


 ──ついにこの日が来たわ。


 いつも通り、ヴィーが起こしに来る前に起床した私は手早く朝支度を済ませていく。


 いつもと違うことと言えば、今日から着ることになる服装くらいだろうか。

 この日のために上等な生地で職人に作ってもらったパンツスタイルの正装だ。普段着もこれとは別に仕立ててもらっている。


 ヴィーに「ドレスはもう着ないのですか?」と涙目で訴えられもしたが、ヴィーが見繕って来たものを着ていたというだけで、私自身は貴族の令嬢の出身ではないし、これから王国でやるべきことがごまんとある。

 これからしばらくは階級社会に身を置くのだ。身の程を弁えた、且つ動きやすい服装である必要があるのだ。


 服装と言えば、討伐の任務に同行する上で騎士団の制服が支給される話も出たが、それを着ることは丁重にお断りしている。

 現に魔国から王国に狂暴化した魔獣や魔人が流れ出ているのだ。その者達に身を脅かされたり、魔国を良く思わない者もいるであろう王国内で、魔国側の人間が王家直属の騎士団の制服を着て歩き回るのは極力避けたい。

 それを見た者が何を感じどう思うか……魔国だけでなく王国にもどんな飛び火があるか分かったものではない。不安要素の芽は予め摘み取っておくべきだろう。


 身支度を整え、特注のベルトに腰刀を差したところで姿見を確認する。


 十年の月日の中で見た目も確実に成長した。

 乙女ゲームに登場していたマオラ本人が鏡に映っている。


 ──綺麗な子……画面越しに見るのとは違って感慨深いわね。


 白髪の少女は異端であると、王国から来た行商人に未だに気味悪がられもするが、ぱっちりとした瞳に淡く色づく唇、その顔つきは美しいと表現するに相応しく、その体も長年の過酷な修行と稽古で鍛え上げられた筋肉だるまから……今では細身の体を取り戻している。

 武術の稽古に精を出し過ぎて、一時期筋肉だるまになっていたことがあるのだ。見かねた魔王が膨張した筋肉に対し「圧縮」と「形状記憶」の永続魔法をかけ、身に着いた能力はそのままに今では華奢な体を取り戻せている。


 ──筋肉だるまも愛嬌があったと思うのだけど。


 成長した自身の姿に見惚れるのもそこそこに、魔王の待つ玉座の間に向かうことにした。




 ***




 月が空に昇る前の城の廊下を歩く。

 使用人達もまだ寝ている時間のようだ。城内は静まり返っている。


 玉座の間に続く廊下を歩き進めていると、足音もなく現れた師匠に声をかけられた。


「お嬢さん、おはよう。今日は出立の日だね」


「師匠、おはようございます。はい、師匠から学んだことを必ずや王国で活かしてみせます」

「いやはや、頼もしいね」


 ふと私が魔国を離れる上で懸念していたことが頭を掠め、言葉を濁す。


「師匠……お手を煩わせてしまいますが、私が魔国にいない間、狂暴化した魔獣や狂人と化している魔人のこと、よろしくお願いします」


 瘴気の問題は解消されたが、魔獣や魔人は自ら狂暴化し、狂人と化すこともある。

 師匠にはそういった類の者から魔国の住民を守るため、警備隊を率いてもらっているのだ。


「心配せずとも良い。もとは私も狂人化していたところをお嬢さんに助けられた身。苦しませずに手打ちにしてみせるさ」


「それはそうと」と、その手に握っていたものをおもむろに差し出される。


「今日はお嬢さんの誕生日だったね、これは私からだ」


「師匠、これ……」


 それは真新しい打刀だった。


 私が今使用している刀は、師匠のお下がりで脇差と言うものだ。本来、打刀の予備として持つものだが、幼い私に大刀を使いこなすことは出来ないという理由で師匠から脇差を与えられていた。

 長年愛用しているが「物質強化」の付与魔術が刻まれている刀は強度も申し分なく、欠かさず手入れをしているとは言え一度も刃こぼれをおこしたことがない。


「鍛冶師に作らせたお嬢さんの打刀だよ。私の目から見てもお嬢さんは立派になった、生前の私から教えられることは全て教えたつもりだ。この刀の授与を以て免許皆伝とするよ」


「ありがとうございます……!」


 師匠から丁重に打刀を受け取り、腰に二本差しする。

 やっと大刀を扱えるまでに成長したと判断されたのだ。嬉しさがこみ上げ、顔がにやけてしまう。


「ほら。もう行かないと」


 魔王城に月の明かりが差し込む様子に目を細めながら、師匠は先を促す。


「あ、はい!師匠、また伸びてきたら私の髪切ってくださいね」


「刀を散髪に使うのなんてお嬢さんだけだよ。気を付けてお行きなさい」



 師匠と別れ、満ち足りた気持ちで先を急ぐのだった。 

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