8:十年後─不可侵、和平条約締結に向けて

 ──さらに十年の月日が流れた。




 白髪に赤い瞳を持つ少女は立派に成長を遂げ、魔国も見違えるように発展した。

 街には様々な所要施設が立ち並び、魔国の住民も仕事や娯楽に身を投じながら活き活きと生活している。


 かつて存在した瘴気は、トレントの助力と私の能力で魔王の魔力漏れを防いでいることで再発を防げている。

 巨大樹の丘の湖に新鮮な水を補給しに行くことも欠かしていない。この十年の間に城の地下道を改設し、湖と街の井戸を繋ぐ地下水道も作った。魔国の水不足も今では解消されている。


 様々な功績を成し遂げた私は、今では魔国の住民達に「魔国の英雄」と称えられている。




 そして今日は、魔国と王国の不可侵、和平条約締結のために私とヴィーが王国に派遣される日である。


 ヴィーに足繫く王国に通ってもらい魔国の意向を伝えてもらっていたが、不可侵条約は魔国の─と言うより私の一存である。

 前世の乙女ゲームの記憶では、勇者や冒険者が王国から度々魔王を討伐しに来ていた。その煩わしさから、魔王は王国を手に入れて意のままにしようとしていたのだ。

 早い段階で魔王の脅威は無いと王国に働きかけていたおかげでこの十年命を狙われることは無かったが、これからのことは分からない。

 それならば、いっそのこと不可侵条約を締結させてしまえば実質魔王が王国に手を出す理由はなくなり、両国共に平穏でいられるのだ。


 また、此度の条約を結ぶにあたって両国共に前提条件を提示している。


 王国が魔国に提示している条件は、一つ目に強固な結界を魔王の手で王国に施すことである。これは他国の襲撃から王国を守るための対策に他ならない。

 二つ目は、魔国から王国に流れ出た狂暴化した魔獣や狂人と化した魔人の後始末を魔国も責任を担う、というものである。これに魔国側からは私が派遣され、特例として騎士団の討伐の任務に同行することが決まっている。


 狂人化した魔人は、私が対象に触れることで暴走した魔力を鎮めることが出来るのだが、意思を持たない魔獣やもともと加害意識を持つ魔人には魔力吸収の能力は意味をなさないことが分かっている。暴走を鎮めても、傷つけることを悪と認識できる理性が無いからだ。

 魔王が収容していた魔人達に片っ端から魔力吸収を施したが、前述のような魔人には効果が無かったのである。

 魔力吸収の能力で解決できないケースがあるという点で、討伐すべき魔獣や魔人が存在していることも少なからず理解しているつもりだ。


 私自身も、この十年の間に戦う術を身に着けた。

 女神に導かれ魔人として転生したと言う剣豪に弟子入りをして、彼の指導の下、あらゆる武術や護身術をこの十年で叩きこまれている。師匠の剣術は首を切り落とすことに長けており、身の上話を聞けば、かつては首切り侍として名を馳せていたそうだ。


 かく言う私も師匠と同じ剣術を磨いた身ではあるのだが、狂暴化した魔獣や狂人と化した魔人を討伐する上では心強い剣術だと自負している。


 また、騎士団の任務に同行する上で足手まといにならないと証明するために参加した王国の武闘大会では準優勝を収め、国王陛下に剣の腕を買われた私は第二王子の武術の指南役を任せたいとも仰せつかっている。

 願ってもいないことだ。攻略対象達の中で私が問題視しているのが、必ずと言って良い程に暗殺される第二王子である。

 そうでなくとも、しょっちゅう怪我をしては聖女が回復魔法をかけ続けていた問題児なのだ。聖女がお守りをしなくて済むように、第二王子には自分の身は自分で守る護身術を会得していただかなくてはならない。


 一方で魔国が王国に提示している条件は、一つ目に王国の通貨を魔国との共有の通貨とするため、魔国の財宝を担保に先立つものを投資してもらうことである。両国共有の通貨にすることで、王国と魔国間の商いは国民にとって身近なものとなり、商業はもっと豊かになるはずだ。

 二つ目に、魔王の魔力をその身に宿しながら魔力操作のおぼつかない私と魔王の魔力漏れが両国にとっての災厄とならないよう、魔力操作に関する魔導書や魔法の知識を王国から魔国に共有してもらうことである。

 前世で攻略していた魔法使いのヨハンが、憑りついているサキュバスを弱体化する手段として「魔力断絶」と言う魔法スキルを会得していた。魔力が発生する源に蓋をしてしまうというスキルであったが、それを魔王に当てはめられないかと考えたのだ。

 今でこそ私が毎晩魔力吸収をしているが、無限に発生する魔力の源に魔王自ら蓋が出来るのであれば、それが最善なのである。




 ここまでの話をヴィーを介してこの数年で交渉していたのだ。


 私が王国に交渉しに行くことも考えたが、王国から来た行商人でさえこの髪色を気味悪がるのだ。異端である白髪の少女の言葉が話し合いの場でどう作用するか分からないという理由で今までヴィーに仲介役をお願いしていたのだが、結果として話はまとまり、これで良かったのだと思えている。


 交渉材料が揃った今、魔国側は正式に条約を締結する意思があるということを国王陛下の御前で表明する必要があると感じ、魔国の代表者である私と王国に顔が割れているヴィーが王国に出向くことになっている。


 魔王が王国に敵意を向けないように。

 王国が魔王を危険視しないように。

 祖国の民が安心して暮らせるように。

 聖女が攻略対象に毒されないように。

 破滅的な終わりを迎えないために。




 全てはこれからの私の行動にかかっている。

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