7─3:魔国編

 そうして数刻が経った頃、巨大樹の丘近辺の瘴気は消え去り、上空には本来の空の色が現れていた。


「空だ……」

「空が見える!」


 魔人達が空を見上げ歓喜の声を上げる中、トレントが「お嬢さん」と話しかけてくる。


『今のわしに出来るのはここまでだが、わしや魔国に根を生やしているわしの眷属がそう遠くない未来、必ずやお嬢さんとの約束を完遂するだろう。手間をかけるが、その手で眷属たちの身にたまった毒素も吸い上げてくれるかな』


「もちろんよ、ありがとう。これからも新鮮な水を湖に満たすから、どうか魔国の瘴気のこと頼むわね」

『あいわかった』


 魔人達が開けた空に歓喜している中、一人の魔人が一際声を高く張り上げた。


「彼女は……マオラは魔国の救世主だ!」


 その言葉を皮切りに魔人達が次々と声を上げる。


「違いないわ!マオラ様!」

「マオラ様!魔国をお救いください!」


「ちょ、ちょっと……」


 幼女相手に何を言い出すのだろうか。魔人にとって年齢など取るに足らないということなのだろうか。

 一度沸き起こった同調の波は勢いを増し、魔人達は呼応するように自身のことを魔国の救世主だと称え始めた。


 興奮に包まれた巨大樹の丘で、渦中の人物である私はただただ困惑していた。

 前世の知識を活かしているだけで、自分はどこにでもいる社畜……幼女である。圧倒的権力者である魔王様を差し置いて魔国の救世主などと言う称号を与えられるのはどう考えても身分不相応だ。


「そんな呼び名、困るわ」と異を唱えてみても、魔人達は「誰も成し得なかった瘴気の問題を解決したのだ」と口々に主張するばかりで全く取り合ってもらえない。


「マオラ様……」


 内心との温度差に風邪をひきそうになっていると、不意にどこか不安げな魔人に声をかけられた。


「湖の仕事は今日までですが……これからもお力にならせてください!皿洗いでも洗濯でも、何でもやります……!」

「マオラ様!私も……!」

「俺も!」


「皆……」


 名乗りをあげる者達の中には自分と同い年くらいの子供もいる。

 彼らは一日三食付きの仕事として力を貸してくれていたが、この仕事が無くなったことでまた路頭に迷うことになるかもしれない。


 ──雇用しておいて仕事が無くなったら「はい、さようなら」なんて無責任なこと出来ないわよね。


 前世の時から私はどうにも困っている人を放っておけない。「救世主」と持ち上げられている今、否定するのであれば自分がいかに無能であるかを証明しなければならないはずが、やろうとしていることは何とも対極に位置しているのである。


 ──三十年で培った面倒見が、こんなところで逆効果になるなんて思いもしなかった。


 そもそもだ。お願いされずとも、再建するにあたって子供達を保護する孤児院の建設や魔人達の仕事の幅を増やす必要性をヴィーと話し合っていたくらいなのだ。ニーズがあるのであれば、腰を据えて取り掛かる必要があるのだと痛感せざるを得ない。


「お嬢様、声をかけて差し上げてはいかがでしょうか」というヴィーの言葉で、子供達に視線を注がれていることに気付く。

 魔国の「救世主」を前に目を輝かせている子供たちに向き直り、考えていたことを吐露する。


「ねえ?街で炊き出しを行うから、これからしばらくはご飯を貰いに来てくれない?」

「私ね、近い未来、孤児院を建てようと思っているの。そこは学校も兼ねているから、大人になるための勉強もできるし、一日三食ご飯も出てくる。そこで大人になる準備をして、皆が大きくなった時に力を貸してくれる?」


「はい!もちろんです!」

「私こじいん入るー!」


 ヴィーの燕尾服の裾を引っ張り、腕に抱えあげてもらう。

 高くなった視線で、巨大樹の丘に集まる魔人達を見渡した。


「この国の王たる魔王様とも力を合わせて、皆さんの仕事の幅を広げる手助けをさせていただくつもりです」

「孤児院の建設と同じく、仕事場として街に酒場や冒険者ギルドなどを立ち上げようと考えています。もちろん、希望者がいれば城で勤めていただくことも出来ますが、皆さんには仕事を選ぶ権利があります。数多くの選択肢から、どうか自分に合った仕事を見つけてください」


「冒険者ギルド……王国の話で聞いたことがある!」

「私らのことまで考えてくださってるなんて……」


 尚も言葉を紡ぐ。


「魔国はこれからも発展していけるわ。でも、魔王様や私達だけでは、手が足りないことだってたくさんある。だから皆さん、これからも私たちに力を貸してください……!」


 巨大樹の丘に数秒の沈黙が流れ、次の瞬間にはワッと歓声が上がる。


「マオラ様!もちろんです!」

「今日は魔国の救世主が誕生した日だ!」

「こうしていられない、街に戻って宴の支度をしなくては!」


 陰鬱だった街の気配など微塵も感じない程に魔人達は活気づいている。


「お嬢様、良かったですね。これでまた一歩魔国の再建に近づきました」

「ええ、本当に。ヴィー、あなたにも感謝してるのよ?」

「!」


 一瞬言葉を失ったかと思えば、荒い息を吐きながら凄まじい勢いで頬ずりをされる。

 彼の熱烈な愛情(?)表現にも、そろそろ対策を考える必要がありそうだ。




 紆余曲折あったが、この日を境に私は魔国の救世主として魔国に名を馳せることになったのだった。

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