7─1:魔国編

 ──早いもので私が魔国に来てから三か月が過ぎた。




 あれから従者は誠心誠意私に仕えてくれている。いつ寝ているのかと思う程だ。


「お嬢様が就寝された後に、休ませてもらっていますよ。はあん!心配してくださるなんて──」

「大丈夫なことは分かったわ」


 話によると名乗る名前が無いと言うことだったので、魔王の名「ヴィルヘルム」からもじって「ヴィル」と名付けられた。私は彼を「ヴィー」と言う愛称で呼んでいる。

 ゲームの世界ではマオラに仕えている従者の描写は無かったため、実質彼はイレギュラーな存在ということになるのかもしれない。



 魔王に関しては、寝る前に私が魔力吸収をすることで魔力漏れを抑えられている。ヴィーや魔国の民が傍にいても息苦しさを感じないと言うのだから、効果は抜群である。


「マオラ。膝の上に」

「はい、パパ」


 それ以外の変化と言えば、事あるごとに私を膝の上に乗せ、頭を撫で回すようになったことだろうか。成り行きで家族になった関係だが、魔王も魔王で父親になろうと努めているのかもしれない。




 魔国に転生してからというものの、私は目まぐるしい日々を送っている。


 最近分かったことなのだが、どういう原理なのか、この世界の文字が不思議と読めるし、文字を書こうとするとこの世界の文字に自動的に変換されるようである。正直、読み書きが出来ることは有難い。


 そこで、異国の行商人から手に入れたこの手帳に、三か月の間に私が何をしたのか改めて書き記しておこうと思う。




 ***




 城に来た日の翌日、最初に気付いたことは、魔王が一人で管理していた城は手入れがされておらず埃まみれであったことだ。


 魔王は現状に不満を抱いていなかったが、この城で生活する人の身としては「このままでは健康を害してしまう」と思う程の不衛生さだったのだ。

 城内を掃除する必要性を感じた私は、その人手と再建にあたって必要に応じて力を貸してくれる人材を魔国で募ることにした。一言で言うと、その成果は上々であった。


「見ろよ、この御触書。魔王さまが人手を欲していらっしゃる」

「俺、この間城下で子連れの魔王様を見かけたが、魔力が鳴りを潜めてたぜ」

「何があったんだ……それよりこの求人、なになに……一日三食付きのお手伝いの仕事?」


 対価に給与を支払うことも考えたが、魔国に正式な通貨はなく、住民は物々交換で生活をしているとのことだった。

 そこで私は、一日三食付きの仕事として人手を募集することにした。

 これには転生した直後の私のように食に困っている住民達がこぞって名乗りをあげ、人材に事欠かない人数を集めることが出来たのである。


 今では料理人も城に在中しているが、当時は魔人達の食事を私自ら作っていたものだ。前世で長年自炊をしていて良かったと思えている。



 次に、瘴気の問題について考える必要があった。空気中の魔王の魔力の残留を取り除かなければならないのである。

 そこで思いついたのが、植物の光合成だ。その特性を活かして瘴気を取り込み、新鮮な空気を魔国に送り込めないかと考えた。


 ヴィーにそれだけの力がある植物は自生していないか尋ねたところ、トレントという意思を持った巨大樹が存在していることを知った。

 トレントが根を張る巨大樹の丘は街を挟んで城の反対側にある。自身の短い手足では時間がかかり過ぎるため、ヴィーに抱えられる形で跳躍して向かうことにした。


 巨大樹の丘に着いて早々、枯れ果てた湖が目に留まる。

 湖の周囲を樹木が囲んでいる中、意思を持つ巨大樹がどれかなど一目瞭然であった。その巨大な幹には顔が付いていたのだ。


『これはこれは可愛らしいお嬢さんだ、しがない老人に何か御用かね』


 しゃがれ声のトレントに挨拶を済ませ、前述のことが出来ないか尋ねたところ──。


『出来るのだろうが……生命力である湖の水が枯れている今、残念ながらそのような力が出なくてね。わしはこの身が朽ちる日をただ待つだけの老いぼれでしかないんだよ』


 どこか寂し気にそう言葉を返される。


「新鮮な水を湖いっぱいに用意することが出来たら、瘴気を取り込んでもらうことは出来る?」


 私のその問いに対し、トレントは狂人化への不安を漏らしたので、魔力吸収の能力を公言することは控え「瘴気を取り込んだ幹に私が触れれば狂人化することはないわ」と答えるに留めておくことにした。

 一連の話を子供の戯言とでも思われているのか鼻で笑われた後、『そうだねえ……新鮮な水を用意出来た暁には、お嬢さんの言う通りにしてあげるよ』と約束してくれた。



 湖に水を満たす方法をいくらか考えたが、そもそも魔国は水不足なのである。良い方法が思いつかないまま数日が過ぎた頃、魔国の民が何事かを呟いて無から水を生成している現場を目撃する。


「ちょっと、あなた!それ、どうやったの?」

「え、初級魔法のウォーターボウルだけど……。ほとんどの住民が生活水をこうやって賄っているんだよ」


 そこからヒントを得た私は、ヴィーの指南の下、魔法の特訓を始めた。

 使いたい魔法は水魔法、ウォーターボウルである、湖を満たすだけの新鮮な水を無から生み出そうとしたのだ。


 魔力吸収の能力のおかげで魔力が体内を巡る感覚は掴めていたので、手のひらに魔力を集めることも難しくは無かった。

 ヴィーが言うには、初級魔法ウォーターボウルでは桶一杯分の水しか生成できないということであったが……なんと私は、日本の湖の水量にも匹敵する程の威力を持つウォーターボウル(?)を放つことが出来たのだ。


「お嬢様ーーーーーー!!街が……、街が浸水してしまいました!!」


 出来たというか……実際魔国に水害を起こしてしまったのだが。


 それ以降、ウォーターボウルの練習は魔王の空間魔法「ダークホール」の中で放つようになったが、何度日を改めて放っても魔王から貰い受けた魔力が制御できない。一度で魔力を使い切ってしまうのだ。


「魔力操作が出来ていないのであろう。これは共に過ごすうえで分かったことだが、マオラ、お前自身には魔力が無い。他人の……我の魔力を扱いきれるようになるまで特訓する他あるまい」


 そもそも私の体に魔力が無いなんて初耳である。人から貰い受けた魔力の使い方をこの体が理解していないと言うことだろうか。

 それでも、湖を満たせるだけの水は生成できるのだ。今はそれだけで十分である。


「これは基本的なことだが」と前置きした上で、魔王曰く、魔力を使い果たすと本来「魔力切れ」を引き起こすそうだ。それは四肢を引き裂かれるような苦痛を味わうものらしいが、実際私は魔王の魔力を使って魔法を放っているだけに過ぎない。魔力を持ちえない体では魔力切れさえ起こらないのだ。


 しかし、屈辱的なことに一般的に「魔力切れ」を起こすというだけでヴィーに体を心配され、魔法を放つ度に抱き上げられてしまう。

「私は大丈夫だ」と伝えても意に介さず、抱っこされるたびに頬ずりをされるのだからたまったものではない。




 ***




 ここまでが三か月の間に私が取り掛かったことである。


 何が起こったのか細かく言えば、私が魔王の子供になった日を国民の祝日にするなんて大々的に魔王が発表してしまったり、かと思えば正式な日付の概念が魔国には無いと言うのだから住民の話と王国から来た行商人の話を基にカレンダーを作ったりもした。思い付きから始まって着手したことは他にも色々ある。


 手記があまりに長いと読み返すのも大変になってしまうから、それはまた別の機会に書き記そうと思う。




 ──そしてまた朝が来る。

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