6─1:変態従者
魔王の子供になることが決まった日、私は別の問題にぶち当たっていた。
幼女の体では出来ることが限られているのである。
王国に出向く十七歳の日までにやらなければならないことは山のようにあるが、自身の短い手足では魔国を一周することも厳しい。
──人手が欲しいわよね。
「魔……パパ?パパの子供になった今日を私の誕生日にしても良い?」
数え年三十歳の身で「パパ」と口にするのは憚れるが、なにぶん今の自分は幼女。良好な親子関係を築くために愛嬌は必要である。
「構わん。我も覚えておくとしよう」
その言葉に「今日っていつよ」と純粋な疑問が生まれるも、「覚えておく」と言うくらいなのだからこの国にもカレンダーはあるのであろう。後で詳しく聞いてみようと思う。
「早速なんだけど、誕生日プレゼントが欲しいの」
魔国を再建する上で手となり足となる自分の助っ人が欲しいとお願いすると「ついてこい」と先導され城の地下室に連れていかれた。
***
「ここは?」
中は湿り気を帯びた陰湿な空間で、衛生環境はとてもじゃないが悪そうだ。
終始、獣が発するような呻き声が辺り一帯に轟いている。
「我に手を出した愚かな魔人どもを収容している地下牢だ。狂人化した者共故、時を見て廃棄する予定であったが、従属の契約を果たせば従順なお前の奴隷となるだろう」
──奴隷……。
城が建造されているくらいだ。西洋の国を模した世界なのだろう。
奴隷制度も存在しておかしくはないのだが……聞いていて良いものではない。
──私が再建しようとしているのは「健康的で良い国」よ。必要ないわよね。
「この国に奴隷制度があるなら撤廃するわね」
私の発言が不可解と言わんばかりの顔をする魔王を尻目に、親子そろって地下牢を進んでいく。
すると、鉄格子に囲まれた一室で黒い皮膚組織を身に纏う人型の魔人が目に留まった。
「……」
魔人は両手を拘束され、その足にも重厚な足枷がついている。
呻き声をあげる他の魔人に比べ、項垂れた様子で覇気はない。
──元気ないのね……当たり前よね、私だってこんなところに収容されていたら気が滅入るわ。
尚もその風貌を観察してみる。
他の魔人は角や獣の耳が生えていたが、この魔人はそれが無いようだ。
その頭には髪の毛だって生えているし、手足も人のものと見劣りなく付いている。
──真っ黒だけど……付き添ってもらうためには人型でいてくれた方が都合がいいわよね。
──上から洋服を着て、ペストマスクみたいなお面をつけてもらえば傍目にも人間に見えるわ。
「パパ、私この子がお傍に欲しいわ」
──……今だ!
持って生まれた己の強み(幼女)を遺憾なく発揮し、上目遣いで魔王の服の裾をさりげなく引いてみせる。
今後魔王が私のお願いを聞いてくれるとも限らない。そう、娘のお願いを聞きたくなるように魔王の庇護心をくすぐらなければならないのである。
そんな私の一世一代の駆け引きを知ってか知らずか、魔王もまんざらでもない様子で「我から初めてのお前へのプレゼント、であるな」と優しく私の手を包み込む。ついでに魔力も吸収する。
この魔王は人にプレゼントをしたことがないのだろうか。
どの世界に我が子の誕生日に魔人をプレゼントする親がいるのだろうか。
──いけない、顔に出てしまうわ。私は純粋無垢な幼女……幼女……。
我が子にプレゼントが出来ることがそんなに誇らしいのか、終始満足げな魔王に鍵を開けてもらい、牢屋の中へと侵入する。
自身の領域に足を踏み入れられていることに気付いているのかいないのか、魔人は未だピクリとも動かない。
「はじめまして、魔人さん」
自己紹介をしようと魔人の前に腰を下ろす。
形式だけでも友好を示そうと手を差し伸べた次の瞬間、何の前触れもなく魔人の伸ばし切った頭髪の先が意思を持つように眼前に迫った。
「おい!」
瞬時に魔王のマントの中に匿われるも、一歩遅かった。
咄嗟に顔をかばおうと、引っ込めた自身の手とそれが接触してしまう。
「熱……っ」
その衝撃で軌道が逸れ、幸いにして大事には至らなかった。
しかしながら、接触した右の手の甲は火傷痕のようにすっかり赤く腫れあがってしまっている。
見た目にそぐわず、その頭髪は燃えているのかと思う程に熱かったのだ。
「……っ」
意図せず傷つけてしまったということだろうか。
魔人はその様子を見て、怖気づくようにぶるりと身震いをしてみせた。
「今すぐ廃棄してやろうか」
自身の所有物に害をなされて怒っているのだろうか。
魔王は、魔力吸収の能力でせっかく鳴りを潜めていた魔力をその身に増幅させ、魔人に詰め寄ろうとする。
「大丈夫だから、待って?」
魔王を宥め、再度改めて魔人の前に腰を下ろす。
「ねえ、魔人さん。これはあなたの意思じゃないのでしょう?」
「……っ」
「そうなんだね。大丈夫、私は何ともないよ?」
「……」
目の前の魔人の様子を見るに、狂人化と言うのは意思に反して暴走している状態を呼ぶのではないだろうか。
前世で攻略したヨハンに憑りついていたサキュバスの活動の源は魔力であった。淫魔や魔人が等しく魔力によって動いているのであれば、目の前の魔人のように意思に反して暴走しているのは魔力ということになる。
だとすると、体内で暴走している魔力を枯渇させれば、己の意思が反映されるようになり、一時的にでも理性を取り戻すのではないだろうか。
──それなら。
「今、楽にしてあげられるか試してみるから大人しくしていてね?」
「……グルウ」
意味が通じているのか、意思を持った頭髪を拘束された手を上手く使いぐるぐると一纏めにする魔人。
「そう……良い子ね」
魔王の手に触れたように、そっと魔人の両頬に手を添えてみる。
「!」
それは魔王の時とは違った。
触れ合った箇所が火花を散らし、電気が走るような痺れに似た痛みが一瞬で体中を巡る。
──人によって魔力も味わいが違うのね。この子のはちょっと痛いわ。
かつての魔王がそうであったように目の前の魔人も目を見張る中、身に纏っていた黒い皮膚組織がみるみるうちに肌の色を取り戻していく。
──もう少しかしら……!
どのくらい魔力を吸えば良いのだろうか。魔力が底をつき、全く動けなくなってしまっては困るのだ。
手足の指先まで肌の色が戻ったことを確認し、即座に一度手を離す。
──体中がじんじんする……狂人化した魔人の魔力は皆こうなの?
──こんな思いをするなら、おいそれと出来ることではないわね。
火花が散った手のひらの無事を確認していると「大丈夫か」と気遣ってくれる魔王に「大丈夫よ」と一言返し、改めて目の前の魔人の様子を窺う。
見た目は二十代前半の成人男性くらいだろうか。
日に焼けたことが無いような白い肌に、化粧をしているようなハッキリとしたアイラインが印象的だ。
──魔王もそうだけど、この世界は美形に生まれる比率が高いのかしら。
転生した自身の姿も美少女と言うに相応しい見た目ではあるのだが、喪女にとって二人連続で人並み外れたイケメンを拝んでいることの方が刺激が強い。
年甲斐もなくイケメンの前で取り繕ってしまいそうになるが、いかんせん自分は幼女であるし、前世で取引先のイケメン相手に商談を成立させた、あの時のような平常心を遺憾なく発揮して落ち着きを保てている。
──それにイケメンって何だか怖いのよね。
──何しても絵になるところが浮世離れしてて、人間味を感じないって言うか……。
一人うんうん唸っていると「やはり手が痛むのか?」と魔王に肩を叩かれ、我に返る。
「ああ……」
目の前には放心した様子で肌の色を取り戻した自身の体を大事そうに撫で下ろす魔人がいる。
咄嗟に魔王から肩にかけられていたローブで魔人の体を包み「あなた喋れる?」と尋ねてみる。
「あ、りがとう……ありがとう、ございます……!」
「生きたまま炎に焼かれているようでした。救ってくださったあなた様は、私の女神だ!」
そう話す魔人に何か恩を返したいと乞われる。
意図せず恩返しという形にはなってしまったが、相手の方から取引を持ち掛けられたのは願ってもいない状況である。遠回りこそしてしまったが、本来の目的は助っ人探しなのだから。
「それなら傍で私を支えてくれない?」
「もちろんです……!」
今後の自分の身の振り方が決まってしまう大事なことを、よく考えもせず決めてしまって良いのだろうか。
二つ返事で了承の意を示した魔人は、拘束されている手でおもむろに私の焼けただれた手を持ち上げた。
「!」
「この身が尽きる時まで、あなた様のお傍で付き従います」
手の甲に落とされた口づけが合図とでも言うように、今この瞬間、これからの人生の中で長い付き合いになるであろう従者を得ることになったのだ。
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