4:転生

 遠くからざわめきが聞こえる。


 ──もう起きる時間なの?

 ──今朝はやけに騒がしいわね……テレビつけっぱなしだったかしら。


 ──……体だって痛いわ、私昨日何かしたかしら?


 ──何かした?


 ──違うわ、妹にゲームを返しに行く道中で……!




 ハッと目を見開くと、小さな手が視界に飛び込む。




「わっ小さーい……待って?これ、私の手だわ」




 握りしめていた砂利を掃い、両手で開いては閉じを繰り返して自身の体の状態を確認してみる。


 ──女神様が言っていたとおりこの子に転生したのかしら……。


「車に轢かれて死んでしまったことも夢じゃなかったのね、有給消化する前に……」


 愚痴をこぼしながら体を起こし、現状を把握する。

 所持金無し、衣服布切れ一枚、体中にあざの後。


 これらの情報から答えを導くと……ストリートチルドレン一択。


 ──やり残したことを謳歌できるとは言っていたけど……。

 ──路上のストリートチルドレンから始まる第二の人生ってハードモードが過ぎるわ。


 何はともあれ、現状を理解したことで生活していく上で足りないものも見えてくる。


「一文無しじゃ何もできないわ。まずは職探しが必要ね。幼い体でもチラシ配りくらいは出来るはず。この国にどんな仕事があるのか、情報収集しなきゃ」


 さすが前世では鍛え抜かれた社畜である。

 転生して間もないというのに、無駄のない生涯生活設計をたたき出した自分に我ながら惚れ惚れしてしまう。


「ここが日本であってくれたら嬉しいんだけど……」


 街の様子を伺おうと倒れていた路地裏から街道を覗き込むと、そこには今まで見たこともない光景が広がっていた。




 ***




 おどろおどろしい赤黒い濃霧の中、夜とも朝とも見分けがつかない暗がりの中を異形の怪物たちが闊歩しているのである。




「ひっ」




 驚きで一歩後ずさる。


 ──ここは地球じゃないの!?


 一瞬で混乱する頭を落ち着かせようと必死に宥めていると、聞きなれた言語が耳に飛び込んでくる。




「今日も高台から眺めていらっしゃるな」




 ──あ、言語は共通なのね。

 ──良かった……人種の前に言語の壁があったら完全に人生詰んでた。


 改めて耳を澄ましてみる。


「魔王様だろ?ああ……日に日に濃くなる瘴気も魔王様の魔力の偉大さを物語っているが、俺たち魔国の住民を廃人にする勢いだ。俺の友達も先日瘴気にあてられて狂人化しちまったし、今頃王国に討伐されてんじゃないかな」

「王国かあ……青い空に新鮮な空気があるって聞いたことがある。移住してみたいもんだな」

「やめとけって。お前のその身なりじゃ化け物扱いされて、騎士団に討伐されるのが落ちだ」

「だよなあ……」


「……」


 前世で攻略していたゲームの知識で瘴気や魔力がどういうものかは認識出来ている。

 情報を整理するに、ここは王国と対照的なという国らしい。瘴気や魔力が存在するのであれば、ファンタジーで言うところの魔の者が住む土地「魔国」なのだろう。

 この国には魔王が存在し、高台から街の様子を今も眺めていらっしゃる……と。


「……そう言えば、言ってたわ。女神様が異世界って言ってた。ついでに言うと聖女を守れる力をくれるって言ってたから、ここは聖女がいる世界ってことね」


 ますます前世で攻略していたゲームの中の世界だ……その可能性もあるのだろうか?


 情報を与えてくれた怪物たちも「仕事に戻るか」と離れて行き、それ以上の情報は路地裏にいる限り集まらないと見切りをつける。


「営業も足で稼ぐものだし、今後の身の安全を自分で掴みにいかないと」


 刻一刻と過ぎていく時間に対し、自分は未だ体を休める宿も、宿に泊まるお金もない。

 立ち止まっている時間が惜しいとばかりに、街の喧騒の中に意を決して足を踏み出すことにした。




 ***




 点々と混在する店を横目に裸足で往来を歩み進める。廃れた街ではあるが商業は機能しているらしい。

 そんな中、横切る怪物たちが訝しげな視線を自分に注いでいることが否応なしに気になり出した。


「何……?中には人間の姿をした人もいるのに、何でそんなに見られるの?顔が人類史上最高に醜い、とか?」


 今は職探しをしているところではあるが、こうも見られるとさすがに自分の身なりが気にはなる。

 ガラス製のショーウィンドウというものは見当たらなかったため、目に留まった露店に足を向ける。


「……っ!お、お嬢さん、何かお探しかな?」


 腰の引けた店主に「鏡はありますか?」と伝えると売り物の割れた鏡を差し出される。


「い、いやあ……悪いね、こんなものしかないんだよ。気を落とすことはないからね?まだ若いんだから、そのうち貰い手も見つかるさ」


 その言葉にどれだけの化け物顔なんだと思いながら、思い切って鏡をのぞき込んでみる。




「!」




 そこには白い髪に、赤い瞳のやせ細った少女の姿が映り込んでいた。


 ──おばあさん!でも見かけないほどの真っ白な髪、に充血してる……わけではない、真っ赤な瞳。

 ──最近こんな見た目の子を見た気がする……。


 数秒思案した後に、が脳裏をよぎる。


「ゲームに登場していた脇役キャラ《マオラ》!」


 嫌と言うほどやりこんだゲームの登場キャラクターを見間違うはずもない。

 幼少期の姿ではあるものの、顔の輪郭は面影がある。特徴的な白髪と赤い目についても、ゲームの中で「異端」であると攻略対象達に珍しがられていたもので、訝しげな視線の正体にもこれで説明がつく。


 ──間違いないわ!ここは私が前世で攻略していた乙女ゲームの中の世界!


 疑問視していた可能性は確信に変わり、無意識に感じていた未知への恐怖も見聞きしたことがある世界となれば話は別である。


 ──時間軸は違うみたいだけど、前世で攻略した知識もある。

 ──全く知らない世界じゃないだけ良しとするべきね。


 自身の「異端」な容姿が余程気味が悪かったのか、終始挙動不審だった露店の店主と別れ、これからのことを考えるため一度路地裏に戻ることにした。




 ***




 少なからず知識のある世界に転生できたことを改めて安堵すると共に、ゲーム上でのマオラの生い立ちを思い出そうとする。


「描写が少ない脇役キャラだったけど、聖女と出会う十七歳の日には間違いなく魔王の配下としてゲームに登場していたわ」


「配下」と言うのが前世で言う「部下」という意味なら、マオラは魔王の下で働いていたことになる。


 ──ってことは、衣住食は魔王の下で働けば揃うってことよね?


 聖女のこと、攻略対象のこと、考えるべきことは山のようにあったが、目先の問題は何とも現実的なものである。


「なんだ、転生してすぐにくいっぱぐれなくて良かった。就職するなら善は急げね、魔王の城に行こう!」


 就職先が見つかったことで、お先真っ暗な現状に明るい兆しが見えてきた。


 怪物たちに向けられる訝しげな視線などお構いなしに意気揚々と面接会場に向かうことにした。

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