2─4:序章
──終わった。
──終わったわ。
胸糞悪い後味を残して。
「何これ……、聖女は攻略対象のお母さんじゃないのよ!?」
ゲーム機を壁に投げつけそうになる衝動を「あ、これ妹のだわ」という理性を働かせ、すんでのところで踏み止まる。
確かに恋愛シミュレーションゲームだった、四人分の愛も囁かれた。
「聖女が不憫過ぎて、メス豚になる隙もなかったわ!」
***
まず、第二王子レオンハルト。
負けん気が強く、召喚された聖女にも「女」呼びで傲慢な態度を取るキャラクター。
「王族で権力を振りかざすのはまだ納得できる……が!国と民の金で聖女に良いところを見せようと豪遊するのは頂けない!働けよ!騎士団に就いているなら稼げるだろ!」
いい年した大の男が親の庇護下と言う境遇に胡坐をかき、実家の金で女を誑かす姿が情けなくてしょうがなかった。
「あと、暗殺され過ぎ!どのルートでも殺される!その度に聖女が回復魔法を試みて、心を痛めてる!」
自身の権力を慢心し、騎士団の仕事から逃げ回っている始末。
そのせいかイベントスチルに筋肉の描写はなく、暗殺されるほどのヒョロガリだと言われてしまえば納得してしまう。
「こんな奴と結婚したら、自立しない子供を持つ親みたいにいつ暗殺されるか、死ぬまでハラハラして聖女は心労過多になるし、国の財政枯渇するわ!」
第三王子リヒト。
実の母親から蔑まれている引っ込み思案なキャラクターで、召喚された聖女と学び舎を共にする学友。
「エンディング見て、思わず意味を調べたわ……これがメリーバッドエンド!タイトル回収!」
可愛い顔して、今作の中で一番血しぶきを浴びたキャラクターである。
ドイツ語のキャラクター名が多い中で【親愛なる終末の君へ】なんて和名のタイトル珍しいなあ程度に思っていたが、彼のために命名されたと言っても過言ではないエンディングであった。
「それに、王族って親子喧嘩も血しぶきで解決するの!?いや……そう、なのかもしれないけど!話し合う描写が一切ない!お前ら一分たりとも話し合う時間がないのか!?光って意味のリヒトなんて名前つけといて子育てが苦手って母親は不器用か!赤の他人の聖女を親子喧嘩に巻き込むな!」
親子喧嘩は犬も食わないとはよく言ったものである。
ただただすれ違う親子の姿に聖女は心を痛めていたが、正直「名前の由来」を話し合えば幾分か和解できるのではないかとさえ思ってしまった。
「こんな奴と結婚したら……って、王国壊滅した後の話で救いがなさ過ぎる!」
エルフの魔法使いヨハン。
王国の魔法学校(アカデミー)で先生を勤める美しいエルフの男性、召喚された聖女の専属教師。
「結局、婚約者ではなかったんだけど……婚約者ではなかったんだけども!」
死に別れた婚約者の魂が自身に憑りついているというのが、彼のシナリオのキーパーソン。
物語が進むにつれ、憑りついていたのは実体を持ったサキュバスであったと判明するのだが……。
「言葉を交わせるほど自我のある婚約者が自分の背後に憑りついているって認識していながら、聖女に甘い言葉を囁くのは立派な心の浮気だ!聖女も婚約者のこと気にかけて拒絶していたのに”大丈夫、誰も見ていません“……見てる!背後からガッツリ見てるから!」
いかんせん、婚約者だと思っていたものがサキュバスであったと分かるのはストーリーの後半。
それまでは「愛する者と日々を共にしている」という認識の中、聖女に甘い言葉を囁くのは道徳的にどうなのだろうと思ってしまう。
「こんな奴と結婚したら、自分の目が黒い内も平気で他の女に甘い言葉を囁くんだろうなって、聖女の自己肯定感が下がり続ける未来しか想像できない!」
暗殺者アドルフ。
どのルートでも第一王子、第二王子を暗殺しに来るキャラクター。召喚された聖女と暗殺時に対峙する形で出会う。
「こいつに至っては勘違いで人殺してる!確かめようよ?人殺しなんて最終手段取る前に、本当ですか?って確かめる口がお前には付いているだろ?聖女が命懸けで人殺しを止めに入っても“これは、俺の復讐だから”……って、全部勘違いですから!」
母を殺した相手に復讐をするというのが大まかなストーリーである。
しかしながら、母の仇にまんまと口車に乗せられ復讐する相手を見誤って人を殺して回るのだから、勘違いで殺される側はたまったものではない。
「聖女のことを“子猫ちゃん”と呼ぶ思考も理解できない!」
素直に名前があるだろうと思ってしまう。
海外では子供に「猫ちゃん」と呼ぶこともあるそうだが、聖女は17歳である。正直無理がある。
「こんな奴と結婚したら、勘違いを起こす度に聖女が命を懸けなきゃいけなくなる!燃費が悪いわ!」
***
あらかた興奮し終え、乱れた呼吸を整える。
恐るべし、乙女ゲーム。仕事でも感情を左右されなくなってきた壮年の喪女をこうも振り回すとは。
こんな不満を抱えているのは自分だけだろうかと、通販サイトのレビューを見てみても、五つ星の上肯定的な意見が大半を占める。妹の話で聞くような感想の羅列に、自分は楽しみ方が違うのではないかと思い始めた。
聖女が攻略対象の機嫌を取り、甲斐甲斐しく傷や体調不良を治し、自分は民への奉仕活動で義務を果たすなか、次々と問題行動を起こす攻略対象の尻ぬぐいに明け暮れる毎日の描写が最近までの自分と重なりどうにも同情してしまう。
「第一王子ルートで聖女が救われることを願うわ」
ふとパッケージ裏の隅に描かれた白髪の女性キャラクターに目を落とす。
魔王の配下として、王国との和平を申し込みに来た脇役キャラである。
「聖女の他にまともなキャラはこの子だけだったわね」
結果として聖女や攻略対象を裏切ることになるのだが、その行動指針は目的のために一貫していた。
「名前も似ているし、親近感勝手に湧いてたんだけど……ちょっと可哀想なのよね。任務が無ければ聖女達と良いお友達になれたのでしょうに」
心残りはあるものの、妹に指示されたミッションは達成したことになる。
返却は早い方が良いだろうとゲームを返す旨を手早く伝え、返ってきた返事の合流場所に颯爽と向かうことにした。
***
「朝日が眩しいわ……」
翌日が休みということもあって、仕事終わりに貫徹した身に初夏の日差しは毒である。
よろよろとした足取りながら数万はするゲーム機だけは落とすまいと、カバンの中の無事を確認しようとしたところでケータイが着信を知らせる。
「会社から……?何か問題が発生したのかしら……」
カバンの中に手を突っ込みケータイを取ろうと気を取られたことで目の前の現象に気づけなかったのが悪かったのだろう。
けたたましいブレーキ音が迫り、突如体が宙を舞う。
「キャーーーーーッ!!!!」
誰の声とも知れぬ甲高い悲鳴が、体に生じた衝撃から一つ遅れて耳に入る。
──あ……、体中が熱い……私、死ぬの?
アスファルトに投げ出された体からじわじわと血が広がっていく。
「だ、大丈夫ですか……!?今、救急車呼びまし─……!………!」
──なんてこと……、赤信号だったのね。気づかなかった……。
体は指一本動かず、視線だけで状況を把握する。
「─……!──………!」
──ゲーム……弁償し、な……きゃ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます