No.6 散文詩『記憶』
散文詩『記憶』
絵本を読んだ。綺麗なストーリーだった。恋の物語だった。
「世界は君を選んだんだ!」
「ええ。光栄の至よ。わたしはあなたを愛しているわ。あなたはわたしを愛してる?」
「愛してるとも。君はあの全能の日に見た少女のように美しい!」
キスをした。それは子どもに手向けられた祝祭か、宿罪か。
「これで終わろう。君のフリーズ、フィニスの刻で」
すべての記憶も無くなるから。
還って、巡って、でも、やはりそこは無で。
「物質的には無だけど、精神的には無にはならないさ」
ゼーレは不滅。永遠の門を自分の中で唯一無二の思考が軽い足取りで開ける。
それはエデンの園よりも、エルデの水面よりも、アユタヤの水辺よりも、アルプスの山々よりも、阿寒の白い楽園よりも、ボスの快楽の園よりも、母なる海の渚よりも。
「なんと麗しい。君だよ。君なんだ」
「そんなにわたしが好きなの?」
君にまた会う、そうして始まる。
春。
遠くの森が風に揺れて。
だが、わたしはこの記憶さえもいずれ忘れてしまう。
涙を流す。
揺らいでいる冴えない君の横顔も。
一人泣いていた。
至福のときも。
「ああ、世界よ!」
君はいつもその窓辺から海を眺めていたね。
スミレも香りが華やいで。
電車が過ぎ去る、踏み切りで。
時間は過去と東へ断絶され。
どうしてこの記憶を……。
覚えていてくれ。
君の愛しい、若き、晴れたある昼下りの。
知らなくていい。
知るべきときに知ることができるから。
たまたま君は知らないだけ。
壁一つ隔てて。
電車はあの駅に着いた。
7番目の駅だ。
そこからバスに乗って、天国へと向かう。
大切な記憶は忘れてしまったけれど。
君とのヨスガは消えたわけではないから。
また、どこかで平凡に会えるのを信じて。
「あの、前にどこかで会いましたっけ?」
「わたしも同じこと考えてましたよ」
Fin
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