【07-2】爆破事件の結末(2)
「どうしてお前までついて来るんだ」
鏡堂は運転席に座る天宮に、憮然とした表情で呟く。
「どうしてって。私たちバディじゃないですか。
ついて行って当然だと思いますけど」
天宮も負けずに言い返した。
「これは俺の勘だけで行う捜査だ。
それにお前が付き合う筋合いはないだろ」
そう言いながら、鏡堂は益々不機嫌になる。
「だからと言って、単独行動は良くないと思います。
それは鏡堂さんが、常々仰ってたことだと聞きましたけど」
天宮の返事も、彼に合わせて徐々にきつくなってきた。
「誰にそんなこと聞いたんだ?
あ、国松さんだな。
まったく余計なことを吹き込みやがって」
「余計な事じゃありません。
他人に良くないと言うだけじゃなく、自分も守って下さいね」
それを聞いた鏡堂は、返す言葉を失くして黙り込んでしまった。
――こいつ、こんなきつい性格だったか?
そして気まずい雰囲気のまま、天宮は車を走らせたのだった。
県警本部から30分余りで、鏡堂たちは目的地に到着した。
<フォーゲートスタジアム>は4万人を収容できる広さで、様々な最新設備を備えた近未来型の大規模イヴェントフィールドというのが売りだった。
しかし現状では、建設計画当初の目的であったJリーグチーム誘致の目途も立っておらず、建立早々から維持運営費用の捻出に苦慮しているという噂が流れている。
そして鏡堂は<フォーゲートスタジアム>という名前を聞く度に、7年前の上月十和子刑事殺害事件を思い出し、苦い感情に襲われるのだった。
今回
鏡堂たちはスタジアム専用の駐車場に車を停めると、管理事務所に向かった。
事務所で対応に出た田坂という職員に身分を名乗ると、相手はかなり驚いたようだ。
「警察の方が来られたというのは、何か事件でもありましたか?」
「特に事件ということではなく、新しい施設に大勢の観客が詰めかけると言うことですので、一応状況を確認させて頂こうと思いまして」
そう曖昧な理由を説明しながら、彼は内心苦笑する。
――まったく理由になってないよな。
それでも田坂は納得したようだったので、鏡堂はスタジアム全体の図面を見せて欲しいと依頼する。
すると彼は鏡堂たちを事務用デスクに誘導し、パソコンを操作して立体図面を見せてくれた。
<フォーゲートスタジアム>は長方形のフィールド部分を取り巻くようにして、楕円形の客席が設けられ、長径の東西端に大型のスクリーンが設置されていた。
客席は最前列から後列に向かってせり上がるように設置されており、かなりの高低差があるようだ。
そして南側の客席の一部は大屋根で覆われている。
一階部分は10か所ある入場ゲートの他に、店舗用のスペースやトイレ、倉庫や選手用のロッカールームなどで構成されていた。
トイレは30か所あるようだ。
――犯人が爆弾を仕掛けるとしたら、トイレの可能性が高いが、今から全部点検するのは無理だな。
鏡堂は田坂の説明を聞きながら思った。
彼は、もし爆破があるとしたら、セレモニー開始後と考えていた。
しかし開始まで1時間を切った今、彼と天宮の二人だけでチェックできる範囲は非常に限定されている。
1階部分には40台の監視カメラが設置されているようだが、その映像をチェックする時間もない。
――ここが犯人のターゲットになるというのが、俺の杞憂であればいいのだが。
焦る気持ちを押さえながら彼はそう願ったが、一方でここがターゲットになるという予感が逆に強まっていた。
鏡堂がモニター上の立体図を見ながら黙り込んでいると、隣で見ていた天宮が田坂に質問した。
「この大屋根の下の座席が一部が赤くなっていますが、ここは何か特別な座席なんでしょうか?」
「ああ、そこは貴賓席なんですよ」
「貴賓席?」
「はい、特別なお客様専用の席です。
今日のセレモニーでも、〇山市長や県会議員の先生方が、座る予定になっています。
朝田先生にもご列席いただく予定だったんですが。
あんなことになってしまって、本当に残念です」
「朝田先生というのは、朝田正義議員のことですか?」
「はい、そうです」
――朝田正義のことはともかく、VIPが座るというのは、爆破のターゲットになる可能性が高いな。
そう思った鏡堂は、田坂に尋ねた。
「その貴賓席の下は、どうなっていますか?」
田坂はパソコンの画面を操作して、貴賓席下部のスペースをズームアップしてくれた。
「ここは会員専用のアスレチックジムになってます。
ここだけはもうオープンしてますよ」
「アスレチックジム?
もうオープンしてるんですか?」
鏡堂がオウム返しに訊くと、田坂は笑顔で肯いた。
「はい、一か月前に。今日も営業している筈ですよ」
田坂の答えに、鏡堂と天宮は顔を見合わせた。
二人の脳裏に、同時に直感が閃いたのだ。
鏡堂たちは田坂に礼を述べると、管理事務所を後にしてアスレチックジムに向かった。
セレモニー開始まで残り30分あまり。
既にスタジアム内には、多くの観客が入場している。
田坂が言っていたようにジムは営業中らしく、かなり広いスペースに灯りが点いていた。
鏡堂が中を覗くと、真新しい器具類が数多く設置されている。
しかし今は利用者がいないらしく、ジム内は閑散としていた。
ジムのフロントには、若い女性が座っていた。
トレーニングウェアを着ているので、もしかしたらジムのトレーナーと兼任しているのかも知れないと、鏡堂は思った。
彼が身分を名乗ると、女性は途端に緊張した表情になる。
その反応には慣れているとは言え、鏡堂は心中で苦笑を浮かべざるを得ない。
「お仕事中申し訳ありませんが、このジムの会員について、少し教えて頂きたいことがありまして」
大橋と名乗ったその女性に、出来るだけ柔らかい口調で、鏡堂は用件を告げた。
「どのようなことでしょうか?」
彼女は、刑事たちの用件が自分に関するものではないと聞いて、ホッとしたようだ。
「現在、会員は何人いらっしゃるんですか?」
その質問に、大橋は照れたように笑う。
「実は、まだ三人しか入会されていないんです」
その答えを聞いて、ジム内に人がいないことに鏡堂は納得する。
「では、利用者の方はあまりいらっしゃらないんですね?」
「そうですね。
お一方は頻繁に来場されるんですが、後のお二方は、入会してまだ一度も来場されてませんね」
「頻繁にというと、どれくらいの頻度で来られるんですか?」
大橋の答えに引っ掛かりを覚えた鏡堂は、さらに突っ込んだ質問を投げる。
「この一週間は毎日来られてますよ。
今日も来られてますけど」
「今日も来られてるんですか?
もう帰られたんですか?」
彼の反応が激しかったので、大橋は思わず身構えた。
「いえ、今日はこの後のセレモニーに出席されるそうでして、荷物だけ置いて会場に行かれました」
「荷物を?」
「はい、セレモニーが終わったら、その脚で海外に出張されるとかで。
大きなボストンバックを置いて行かれました」
その答えを聞いた鏡堂と天宮は顔を見合わせる。
そしてその時、カウンターに置かれた来場者名簿の文字が、彼の眼に飛び込んできた。
――順序に強い拘りを持つ男。
彼の脳裏を、ある記憶が駆け抜けた。
巻数の順序ごとに、整然と本が並べられた部屋。
未だに部屋に貼られた、スタジアム建設反対運動のポスター。
「そのボストンバックは今どこに?」
鏡堂の勢いに気圧されたように、大橋は彼の背後を指さして言った。
「そちらのVIP専用の個室ロッカールームです」」
彼がその方向を振り向くと、いくつかの扉が並んでいる。
「個室ということは、他の会員は入れないということですね?」
「はい。ご利用には別料金を頂いておりますので」
「中を見せて頂けませんか?」
高橋がその要望に躊躇していると、鏡堂たちの背後から声がした。
「刑事さん。それはプライバシーの侵害ですよ」
鏡堂と天宮が振り向いたその場所には、見覚えのある金髪の男が立っていた。
それは〇〇大学教授、
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