【07-1】爆破事件の結末(1)
現場は富〇町内の三番街と称される区域で、
爆発があったのは、その辺りに所狭しと並ぶ雑居ビルの一つで、鏡堂たちが到着した時には、窓からオレンジ色の炎が立ち昇っていた。
そしてビルの前の路上には、大勢の怪我人が倒れていて、助けを求めている。
急いで近寄ってみると、爆発の際に飛び散ったガラスで怪我を負ったようだった。
幸いなことに全員歩けるようだったので、鏡堂は周辺の野次馬に声を掛けて、怪我人たちを現場のビルから離れた場所に移動させる。
その間に天宮が、消防と救急、そして県警捜査本部に、爆破事件の第一報を入れていた。
やがて緊急車両のサイレンが鳴り響き、現場に到着した消防車両が、爆発現場の消火作業を開始した。
その傍らで救急隊員たちが、怪我人の応急措置と搬送に当たる。
警官たちは野次馬を現場から遠ざけると、規制線を張って周辺の警備を行っていた。
徐々に鎮火していくビルの窓を見上げながら、鏡堂はつい先程、女占い師から聞いた言葉を思い出していた。
――この町や住民たちに、強い怨恨を抱いている男。
――順序に強い拘りを持つ男。
果たしてその男が爆弾事件の犯人なのか、その情報だけでは判断することが出来ない。
犯人はこれまで、爆破予告のようなメッセージは一切発信していない。
その結果犯人の目的が何なのか、未だに警察は掴めずにいるのだ。
――神社のごみ入れ、公園のトイレ、繁華街の雑居ビル。
鏡堂は爆破現場の関連性についても考えてみたが、それらしき繋がりは何も浮かんでこなかった。
爆発から二時間余りが経過した後。
漸く消火作業が終了し、警察による現場検証が開始された。
鏡堂と天宮も、他の刑事や鑑識課員と共に、ビル二階の爆発現場へと上っていく。
そして彼らが目撃した現場は、それまでの二件とは比べものにならない程の惨状を呈していた。
ビルの狭い廊下は、あちこちで壁が崩れ落ち、床も吹き飛んで、下の鉄筋や配管がむき出しになっている箇所がある。
天井にも穴が開き、そこからケーブルが垂れ下がっているのが見えた。
そして最も爆発の被害を受けたのは、先程窓から火を噴いていた部屋だった。
その部屋の入口付近が爆心だったようで、扉はその周辺の壁ごと吹き飛んでいる。
そして室内は爆発とそれに続く火災によって、跡形もなく破壊されていた。
鎮火の確認を終えた消防隊員たちと入れ替わりに、小林誠司ら鑑識課員を先頭にして、刑事たちが室内に足を踏み入れる。
畳二十畳ほどの内部は瓦礫の山と化し、焦げた臭いが充満していた。
「ホトケがいるぞ」
部屋の隅を確認していた小林が、室内の誰にともなく伝える。
刑事たちが集まってみると、二体の焼け爛れた遺体が瓦礫に埋もれているのが分かった。
それは今回の連続爆弾事件で、初めての死者だった。
***
翌朝県警本部で、爆弾事件に関する捜査会議が行われた。
まず使用された爆発物は、前回の二件と同様ペンスリットと推定されることが、小林誠司鑑識課員から共有される。
次に事件の犠牲者であるが、現場が<雄仁会>傘下の半ぐれ集団<
しかし<阿奈魂蛇>の他のメンバーが雲隠れしているため、現時点で身元は確認出来ていなかった。
被害者二名の死因は、爆風によって壁に叩きつけられた衝撃及び火傷と推定された。
しかしそれだけの情報では、連続爆破事件の手掛かりとなるものは殆どないと言えた。
今回の事件が<阿奈魂蛇>を狙ったものなのか、あるいは無差別であるのかすら判別がつかない。
連続爆破事件によくある、犯人からの予告の類もなく、犯行の目的すら分からなかった。
捜査一課長の高階からの叱咤も、現状では虚しく響くだけだった。
事件解決の糸口すら掴めない状況に、捜査員たちはただ頭を抱えるしかなかったのだ。
会議終了後、各々のデスクに戻りながら、鏡堂と天宮は熊本達夫の愚痴を聞く羽目になる。
「爆弾事件なんて、〇〇県警始まって以来じゃないかな」
「そうですね。俺も聞いたことがないです」
「まったく死人まで出たら、洒落にならんぞ。
一宮の時は小規模だったのに、段々と規模がでかくなりやがる」
その言葉が、鏡堂の脳裏に突き刺さった。
「班長。今何て仰いました?」
鏡堂の剣幕に、熊本がたじろぐ。
「何って、段々規模がでかくなる…」
「いえ、その前です。一宮と仰いましたか?」
「ああ、そう言ったが、それがどうした?」
「一宮というのは、どういう意味なんです?」
「ああ、お前は地元出身じゃないから知らんのか。
雨宮神社のことを、地元では一宮って呼ぶんだよ」
その答えを聞いた鏡堂が、譫言のように呟いた。
「一宮、二ノ瀬公園、富〇町の三番街。
順序に強い拘りのある男」
その呟きを聞いた天宮も、事情を察して眼を見開いた。
「だとすると、次は四の付く場所」
そう口に出して言った瞬間、鏡堂と天宮の脳裏に、一つの場所が思い浮かんだ。
「フォーゲートスタジアム」
二人が同時にその場所の名前を口にする。
しかし事情を知らない熊本は、怪訝な顔で二人を見比べていた。
「班長、すぐに課長に報告したいことがありますので、一緒に来て下さい」
そう言って廊下を取って返す鏡堂と天宮に、熊本は不得要領のまま従う。
捜査一課長の高階に面会した鏡堂は、昨日六壬桜子から聴取した内容と、最後に聞いた爆破犯人らしき人物の特徴、そして一連の爆破現場の関連性について、詳細に報告した。
彼の報告を聞いた高階は、しばらくの間黙考していたが、やがて厳しい表情で口を開いた。
「まず、その占い師が保険会社と中学校の事件、それに市立病院での心中事件を誘導したというのは、どれくらい真実味があるんだ?」
「少なくとも保険会社の事件については、占い師と加害者の奥さんの供述に、共通点がありますので、ある程度の信憑性はあると思います。
そして私自身も、危うく誘導されそうになりましたしね。
あの占い師の<言霊>とやらは、かなり危険だと思います」
彼の言葉に天宮も肯いた。
鏡堂の返事を聞いた高階は、一層厳しい表情を浮かべる。
「だが、その占い師を殺人教唆で立件することは出来んだろう」
鏡堂もその点については同意だった。
「仰る通りですね。
個々の事件は既に犯人死亡で終結していますので。
彼女が約束を守るという前提ですが、これ以上の事件の拡大はないと思います」
「それは置いて、お前が推定する次の爆破現場が<フォーゲートスタジアム>だという説だがな。
素直にそうだとは言い切れんな。
そもそも、その占い師の言葉に、どれ程信憑性があるかも分からんだろう。
そして仮にそれが正しいとしても、四の付く場所はいくらでもあるからな」
高階の言うことは尤もだということは、鏡堂にも理解できる。
しかし彼の直感が、<フォーゲートスタジアム>が次のターゲットであることを切実に告げているのだ。
一方で、自分の直感だけで高階を説得できないことも、彼は理解していた。
「今日の午後に、<フォーゲートスタジアム>の
爆破犯の目的は分かりませんが、万が一そこを狙われたら、今までとは比べ物にならない被害が出ます」
鏡堂は高階の説得を試みるが、彼はそれを肯んじない。
「だからと言って、今から警官隊を配備することは出来ん。
上層部を説得する材料がないからな」
「でしたら、俺だけでも行かせてもらえませんか?」
それを聞いた天宮が、即座に反応した。
「私も行かせて下さい」
それを聞いた鏡堂が、天宮に何か言いかけようとしたが、それを高階が遮った。
「まったく、いつの間にか息ピッタリになってやがるな。
分かったから、お前たち二人でスタジアムに行ってこい。
但し、今日だけだぞ」
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