【07-1】爆破事件の結末(1)

鏡堂達哉きょうどうたつや天宮於兎子てんきゅうおとこが駆けつけた時、爆発現場は怒号や悲鳴で騒然としていた。

現場は富〇町内の三番街と称される区域で、六壬桜子りくじんさくらこの占い処があるビルから、徒歩で5分以内の場所だった。


爆発があったのは、その辺りに所狭しと並ぶ雑居ビルの一つで、鏡堂たちが到着した時には、窓からオレンジ色の炎が立ち昇っていた。

そしてビルの前の路上には、大勢の怪我人が倒れていて、助けを求めている。

急いで近寄ってみると、爆発の際に飛び散ったガラスで怪我を負ったようだった。


幸いなことに全員歩けるようだったので、鏡堂は周辺の野次馬に声を掛けて、怪我人たちを現場のビルから離れた場所に移動させる。

その間に天宮が、消防と救急、そして県警捜査本部に、爆破事件の第一報を入れていた。


やがて緊急車両のサイレンが鳴り響き、現場に到着した消防車両が、爆発現場の消火作業を開始した。

その傍らで救急隊員たちが、怪我人の応急措置と搬送に当たる。

警官たちは野次馬を現場から遠ざけると、規制線を張って周辺の警備を行っていた。


徐々に鎮火していくビルの窓を見上げながら、鏡堂はつい先程、女占い師から聞いた言葉を思い出していた。

――この町や住民たちに、強い怨恨を抱いている男。

――順序に強い拘りを持つ男。


果たしてその男が爆弾事件の犯人なのか、その情報だけでは判断することが出来ない。

犯人はこれまで、爆破予告のようなメッセージは一切発信していない。

その結果犯人の目的が何なのか、未だに警察は掴めずにいるのだ。


――神社のごみ入れ、公園のトイレ、繁華街の雑居ビル。

鏡堂は爆破現場の関連性についても考えてみたが、それらしき繋がりは何も浮かんでこなかった。


爆発から二時間余りが経過した後。

漸く消火作業が終了し、警察による現場検証が開始された。


鏡堂と天宮も、他の刑事や鑑識課員と共に、ビル二階の爆発現場へと上っていく。

そして彼らが目撃した現場は、それまでの二件とは比べものにならない程の惨状を呈していた。


ビルの狭い廊下は、あちこちで壁が崩れ落ち、床も吹き飛んで、下の鉄筋や配管がむき出しになっている箇所がある。

天井にも穴が開き、そこからケーブルが垂れ下がっているのが見えた。


そして最も爆発の被害を受けたのは、先程窓から火を噴いていた部屋だった。

その部屋の入口付近が爆心だったようで、扉はその周辺の壁ごと吹き飛んでいる。

そして室内は爆発とそれに続く火災によって、跡形もなく破壊されていた。


鎮火の確認を終えた消防隊員たちと入れ替わりに、小林誠司ら鑑識課員を先頭にして、刑事たちが室内に足を踏み入れる。

畳二十畳ほどの内部は瓦礫の山と化し、焦げた臭いが充満していた。


「ホトケがいるぞ」

部屋の隅を確認していた小林が、室内の誰にともなく伝える。

刑事たちが集まってみると、二体の焼け爛れた遺体が瓦礫に埋もれているのが分かった。

それは今回の連続爆弾事件で、初めての死者だった。


***

翌朝県警本部で、爆弾事件に関する捜査会議が行われた。

まず使用された爆発物は、前回の二件と同様ペンスリットと推定されることが、小林誠司鑑識課員から共有される。


次に事件の犠牲者であるが、現場が<雄仁会>傘下の半ぐれ集団<阿奈魂蛇アナコンダ>の溜まり場の一つであったことから、そのメンバーと推定された。

しかし<阿奈魂蛇>の他のメンバーが雲隠れしているため、現時点で身元は確認出来ていなかった。


被害者二名の死因は、爆風によって壁に叩きつけられた衝撃及び火傷と推定された。

しかしそれだけの情報では、連続爆破事件の手掛かりとなるものは殆どないと言えた。


今回の事件が<阿奈魂蛇>を狙ったものなのか、あるいは無差別であるのかすら判別がつかない。

連続爆破事件によくある、犯人からの予告の類もなく、犯行の目的すら分からなかった。


捜査一課長の高階からの叱咤も、現状では虚しく響くだけだった。

事件解決の糸口すら掴めない状況に、捜査員たちはただ頭を抱えるしかなかったのだ。


会議終了後、各々のデスクに戻りながら、鏡堂と天宮は熊本達夫の愚痴を聞く羽目になる。

「爆弾事件なんて、〇〇県警始まって以来じゃないかな」

「そうですね。俺も聞いたことがないです」


「まったく死人まで出たら、洒落にならんぞ。

一宮の時は小規模だったのに、段々と規模がでかくなりやがる」

その言葉が、鏡堂の脳裏に突き刺さった。


「班長。今何て仰いました?」

鏡堂の剣幕に、熊本がたじろぐ。

「何って、段々規模がでかくなる…」

「いえ、その前です。一宮と仰いましたか?」

「ああ、そう言ったが、それがどうした?」


「一宮というのは、どういう意味なんです?」

「ああ、お前は地元出身じゃないから知らんのか。

雨宮神社のことを、地元では一宮って呼ぶんだよ」


その答えを聞いた鏡堂が、譫言のように呟いた。

「一宮、二ノ瀬公園、富〇町の三番街。

順序に強い拘りのある男」


その呟きを聞いた天宮も、事情を察して眼を見開いた。

「だとすると、次は四の付く場所」

そう口に出して言った瞬間、鏡堂と天宮の脳裏に、一つの場所が思い浮かんだ。


「フォーゲートスタジアム」

二人が同時にその場所の名前を口にする。

しかし事情を知らない熊本は、怪訝な顔で二人を見比べていた。


「班長、すぐに課長に報告したいことがありますので、一緒に来て下さい」

そう言って廊下を取って返す鏡堂と天宮に、熊本は不得要領のまま従う。


捜査一課長の高階に面会した鏡堂は、昨日六壬桜子から聴取した内容と、最後に聞いた爆破犯人らしき人物の特徴、そして一連の爆破現場の関連性について、詳細に報告した。


彼の報告を聞いた高階は、しばらくの間黙考していたが、やがて厳しい表情で口を開いた。

「まず、その占い師が保険会社と中学校の事件、それに市立病院での心中事件を誘導したというのは、どれくらい真実味があるんだ?」


「少なくとも保険会社の事件については、占い師と加害者の奥さんの供述に、共通点がありますので、ある程度の信憑性はあると思います。


そして私自身も、危うく誘導されそうになりましたしね。

あの占い師の<言霊>とやらは、かなり危険だと思います」

彼の言葉に天宮も肯いた。


鏡堂の返事を聞いた高階は、一層厳しい表情を浮かべる。

「だが、その占い師を殺人教唆で立件することは出来んだろう」

鏡堂もその点については同意だった。


「仰る通りですね。

個々の事件は既に犯人死亡で終結していますので。


六壬桜子りくじんさくらこには、今後同様の誘導紛いのことを行わないよう約束させました。

彼女が約束を守るという前提ですが、これ以上の事件の拡大はないと思います」


「それは置いて、お前が推定する次の爆破現場が<フォーゲートスタジアム>だという説だがな。

素直にそうだとは言い切れんな。


そもそも、その占い師の言葉に、どれ程信憑性があるかも分からんだろう。

そして仮にそれが正しいとしても、四の付く場所はいくらでもあるからな」


高階の言うことは尤もだということは、鏡堂にも理解できる。

しかし彼の直感が、<フォーゲートスタジアム>が次のターゲットであることを切実に告げているのだ。

一方で、自分の直感だけで高階を説得できないことも、彼は理解していた。


「今日の午後に、<フォーゲートスタジアム>のこけら落しセレモニーがあります。

爆破犯の目的は分かりませんが、万が一そこを狙われたら、今までとは比べ物にならない被害が出ます」


鏡堂は高階の説得を試みるが、彼はそれを肯んじない。

「だからと言って、今から警官隊を配備することは出来ん。

上層部を説得する材料がないからな」


「でしたら、俺だけでも行かせてもらえませんか?」

それを聞いた天宮が、即座に反応した。

「私も行かせて下さい」


それを聞いた鏡堂が、天宮に何か言いかけようとしたが、それを高階が遮った。

「まったく、いつの間にか息ピッタリになってやがるな。

分かったから、お前たち二人でスタジアムに行ってこい。

但し、今日だけだぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る