【06-3】卜占六壬桜子(3)

「今10年前と仰いましたか?

それは間違いありませんか?」

鏡堂達哉きょうどうたつやが念を押すと、六壬桜子りくじんさくらこはコクリと肯く。


「その時あなたは、高校生を占っていませんか?」

その問いにも六壬は即座に答えを返した。

「はい、確かに男子高校生のお二人を占いました」


――あの時赤松俊樹あかまつとしきが言っていたのは、このひとのことだったのか!

しかし彼の驚きを他所に、女占い師は淡々と語り始める。


「あの方々のことは明確に憶えております。

あれ程の凶念を抱く方の心を覗いたのは、あの折が初めてでしたから。


あのお二人は、当時の担任の女教師の方に、強い性的欲望を抱いておられました。

そのようなことは、もしかしたら同じ年代の男性であれば、あり得ることだったのかも知れません。


しかしあの方々の欲望は、わたくしが思わず眼を背けたくなる程強かったのです。

特にお一方の方は、性的欲望が昂じて、殺意にまで至っておりました」


彼女の言葉に、鏡堂の怒りが蘇る。

「あなたはその高校生にも、同じように占いの結果を伝えたのですね?」

「もちろんでございます。

何度も申し上げますが、それがわたくしのなりわいですので」

そう語る六壬桜子の、あまりに無垢な表情に、刑事たちは微かな恐怖すら覚えた。


「半年前にも、やはり同じようなことがあったのでしょうか?」

鏡堂に代わって、今度は天宮於兎子てんきゅうおとこが質問を投げ掛ける。

その時期が、彼女の心の何かに引っ掛かったのだ。


「仰せの通り、半年前にこの町を訪れた際にも、お一方非常に強い凶念を抱く方が訪ねて来られました。

そしてその方は、非常に珍しい<もの>をお持ちの方でした」


「珍しい?」

「そうです。

その方は、雨神うじんの仮代だったのです」


<雨神>という言葉が、二人の刑事の心に同時に突き刺さる。

――富樫文成とがしふみなりだ!


そして天宮が悲痛な表情を浮かべ、六壬に質した。

「あなたはそう言うことが分かるのですか?

そして<仮代>とは、どんな意味なのでしょう?」


その問いに女占い師は、変わらぬ静かな口調で答える。

「最初の質問へのお答えですが、わたくしは子供の頃より、その様な<もの>を感知する力を授かっております。

それがどのような由来かは、未だに明らかではございませんが。


そして<仮代>の意味ですが、仮の依り代ということでございます。

あの方は本来の依り代ではなく、雨神が仮に宿ったものでした。


何故そのように珍しい事が生じたのかは存じませんが、あの方を拝見して、わたくしはとても危惧しておりました」


「危惧というのは?」

天宮は短い問いを発した。

鏡堂も、彼女の問うがままに任せているようだ。


「仮代の身で、強大な雨神の力を行使することは、やがて身を亡ぼすことに繋がるからでございます。


あの方が、自身が仮代であることに気づいておられたかどうかは存じませんが、もし間違って力を振るってしまわれた場合は、やがてその力に飲み込まれてしまうことは、眼に見えておりましたので」


「あなたはそのことを、その人に告げたのですか?」

天宮の問いに、六壬は静かに首を振る。

「いえ、お伝えしておりません。

仮にお伝えしても、わたくしに何か出来ることはございませんでしたので」

そう言いながら、彼女は天宮に顔を向ける。


「本日天宮様にお会いして、すべての合点がいきました。

あなた様があの方のお姉さまなのですね?

そして雨神の本代、つまり真の依り代でいらっしゃる」


その言葉に天宮だけでなく、鏡堂も少なからず驚いた。

「どうしてそのことを」


「あの方が心の奥底に抱いておられた凶念は、姉を追い落とし、取って代わりたいという強い思いでした。

あの方はもしや、ご自身が仮代に過ぎないことを、無意識のうちに感得されていたのかも知れません。


そして天宮様を消し去ることで、自身が本代になり得るのだと考えていたとすれば、愚かの極みと言えるでしょう。

所詮は仮代の器に過ぎなかったのですから」


その言い様に鏡堂は少し腹を立てる。

「そんな言い方はないんじゃないですか?

彼にも、色んな思いがあったんです。

あなたはそれを知らないでしょう」


「おや、鏡堂様はあの方をご存じなのですね?

それは大変失礼致しました。


わたくしは只、事実を在りのままに申し上げたに過ぎません。

言葉が過ぎたようでしたら、謝罪いたします」

そう言って、六壬はゆっくりと頭を下げた後、再び天宮に顔を向ける。


「余計なことと存じますが、天宮様に一つ申し上げます。

雨神の力は強大です。

本代と言えども、その力を度々行使することは、身を亡ぼすことに繋がります。


特に邪な手段として用いる場合は、覿面に天罰が下るでしょう。

くれぐれもご自重下さいませ」


その言葉を聞いた天宮は神妙に頷いた。

しかしまだ憤懣の収まらない鏡堂は、六壬にそれをぶつける。

「あなたは先程、全国を旅しながら占いをしてると仰った。

今回は、いつまでこの町に滞在するお積りですか?」


「そうですね。実はこの町に来る度に、言霊の力が増すことに興味がございます。

ですので、暫くの間はここに留まって、色々と調べ物をする所存でございます」


その答えに鏡堂は色を成した。

「それは困ります。

はっきり言って、あなたの存在はこの町にとって不吉だ。

すぐに立ち退いて頂けませんか?」


彼にしては珍しく、冷静さを失っていた。

その様子をじっと見ていた六壬桜子は、それまでにない真剣な表情で言葉を発する。


「今鏡堂様の心を拝見するに、わたくしへの憎悪が沸き起こり、闇を形成しつつあります。

その闇の中で、わたくしへの害意を育てるご所存ですか?」

その言葉を聞いた瞬間、鏡堂の心に制御し切れない感情が沸き起こって来た。


「鏡堂さん!」

その時彼の意識を呼び戻したのは、天宮の声だった。

我を失いかけていた鏡堂は、目の前に座る女占い師の<言霊>の力に、背筋が寒くなるのを覚える。

そんな彼の様子を見て、六壬桜子は表情を緩める。


「これは大変不調法を致しました。

けっして鏡堂様を狂惑しようなどという意図はございませんので。


さて、鏡堂様はわたくしがこの町に滞在することで、不吉を成すと仰いました。

そこでわたくしからのご提案がございます」

その言葉に、刑事たちは戸惑いの目を向ける。


「わたくしの滞在を許していただく代わりとして、今後凶念を抱いてわたくしの元に訪れるお客様については、占いを行わないということで、ご了承頂けませんでしょうか?」

「そんなことが見て分かるんですか?」

「それ程の凶念を抱く方であれば、お顔を拝見しただけで分かります」


そう言って微笑む六壬に、鏡堂は念を押すように言った。

「もちろん警察には、あなたを強制的に退去させることは出来ません。

だからあなたがその約束を守ってくれるよう、お願いするしかない。

本当に守ってもらえますか?」

その言葉に彼女は莞爾として肯いた。


「分かりました。

では本日は以上とさせて頂きますが、また何かあったら伺いますので、ご協力下さい」

そう言って立ち上がり、礼を述べる刑事たちに、六壬桜子が微笑みながら告げる。

「一つだけ、鏡堂様にお伝えした方がよいことがあります」


その言葉に二人が怪訝な顔を向けると、彼女は表情を改めて語り始めた。

「本日刑事様方がお越しになる少し前に、強い凶念を持つ方が訪ねて来られました」

その言葉に、立ち去りかけた二人は色めき立つ。


「その方の凶念は既に溢れ出ておりましたので、わたくしから敢えてご指摘することはせず、凶であることのみお伝えしました」

「その人はどんな凶念を抱いてたんですか?」

鏡堂の問いにも、六壬は淡々とした口調を崩さない。


「この町を、この町に住む方々を壊してしまいたいという、とても強い思いを感じました」

その言葉に、鏡堂たちはすぐに爆弾事件を思い浮かべる。


「その人物は男ですか?どんな風体でした?」

慌てて訊く鏡堂に、六壬は少し悲しげな表情をする。


「実はわたくし、生来人様の顔を記憶することが出来ません。

これは人の心を読む力を授かった、代償なのかも知れませんが。


こうして面と向かって拝見している間は、鏡堂様の顔をはっきりと認識出来るのですが、髪形を含め、お顔を思い出すことが出来ないのでございます。


ですので、その方の様子をお伝えすることは、残念ながら出来ません。

男性であったことは、間違いありませんが。

ただその方は数字と申しますより、物事の順序に、非常に強い拘りを持っておられたようです」


「順序ですか」

鏡堂が彼女の言葉を反芻したその時、建物を震わせる轟音が鳴り響いた。


鏡堂と天宮は、その音に顔を見合わせると、急いで外に飛び出す。

「今日はありがとうございました。

これで失礼します」

そう言い残して去って行く、刑事たちの後姿を見送りながら、六壬桜子は満足そうな笑みを浮かべた。


――この町はとても興味深いですね。

――あの方からは、<の神>の気配まで感じました。

――この先、どのようなもの共が集ってくるのか。

――とても楽しみです。

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