【06-2】卜占六壬桜子(2)

「それでは訊きますが、日曜日に訪ねて来た女子中学生は、どんな凶念を持っていたと言うんですか?」

鏡堂達哉きょうどうたつやは気を取り直して、六壬桜子りくじんさくらこを問い詰める。

すると彼女は、間を置くこともなく、すらすらと語り始めた。


「その方はご友人に対して、強い恐れを抱いておられました。

具体的にはその友人の方が、自身に負い迫ってくることに、強い恐怖を感じておられたのです。


わたくしの元に来られたその方は、非常に学校の成績の良い方のようでした。

常に一番の成績を収めて来られたようです。


その方のご両親は、そのことを非常に誇りに思われていて、娘に対して常に一番の成績を保つよう、日々強い圧力をかけ続けておられたようです。

その方は、心中で親からの圧力をとても負担に感じておられました。


そしてその友人の方の成績が最近上昇して、自分に迫ってくることに、強い危機感を持っておられたのです。

それは恐怖に近い感情でござました。


その恐怖が、その方の心の中で闇を産みだし、大きく育っておりました。

そしてその闇の中から、ご本人も気づかぬまま、ご友人への殺意が芽生えていたのでございます」


「そんな馬鹿な。

学校の成績くらいで、友達を殺そうとするなんてあり得ない」

女占い師の話を聞いた鏡堂は、即座に否定する。

すると彼女は、口元に微笑を浮かべて刑事たちを見つめ返す。


「人がほんの些細な理由で罪を犯してしまうことは、むしろ刑事様の方が、お詳しいのではありませんか?

たかが学校の成績如きと仰せになりますが、ご本人にとっては、とても切実な問題でございました。


それはご本人以外には、計り知れないことでございましょう?

わたくしは、偶々そのことを窺い知る力を得ておりますため、その思いを察することが出来たに過ぎません」


六壬の静かな反論に、鏡堂たちは沈黙せざるを得なかった。

彼の知る犯罪者の中には、彼女が今指摘したように、本当に詰まらない理由で罪を犯す者が大勢いたからだ。


「あなたは、人の心が読めると仰るのですか?」

今度は天宮於兎子てんきゅうおとこが鏡堂に代わって問い質したが、その追及にも女占い師は容易に屈しない。


「すべてが読めると言う訳ではありません。

と申しますより、その方が持っておられる強い思い、それだけをその方の心から読み取ることが出来るに過ぎません。

尤も、それがこのなりわいを選んだ理由ではございますが」


「強い思いですか。

ではもう一人の方というのは、どのような思いを持っておられたのですか?」


「日曜日訪ねて来られた方ですね?

その方の思いは、奥様に対する強い愛情でございました」


「愛情?」

「さようでございます。

その方の奥様は、事故によって意識が戻らぬまま、病院で治療を受けておられたようです。

そしてその方は、愛する奥様が苦しむ様子を見て、ご自身も苦しんでおられたのです」


「それは普通の感情じゃないですか?

それが殺意に変わったというのですか」

天宮は六壬に抗議するように言った。

しかし彼女の口調は何一つ変わらない。


「何度も申し上げたように、当たり前の思いも、過ぎれば闇を産み出すのです。

その思いが強い程、心の闇も深くなるものです。


その方は苦しむ奥様を見るのに耐えかねて、いっそ奥様に手を掛けようという思いを、心の奥底で抱いておられました。

それで奥様が苦しみから解放されると同時に、ご自身も苦しみから解放されたいという願いを、知らぬ間に心の闇の中で培っておられたのです」


そのことを聞いた刑事たちは、一昨日に〇山市立病院で起こった、心中事件を思い出した。

あの事件も、目の前の女占い師によって引き起こされたかと思うと、新たな怒りが沸き起こる。


「やはり私には、その三件の事件があなたによって引き起こされたとしか思えない。

仮に三人が心の中でそういう思いを抱いていたのだとしても、あなたがそのこと彼らに告げなければ、事件は起こらなかったんじゃないですか?

何故貴方は、そんな余計なことをするんだ!」


最後は怒声に近い鏡堂の詰問にも、六壬桜子は僅かに小首を傾げるだけだった。

「それがわたくしのなりわいですから」

その答えに刑事たちは絶句してしまった。

その刑事たちに向かって、六壬は微笑を向ける。


「例えそれがご本人にとって良いことであれ、悪しきことであれ、真実をお伝えすることが卜占ぼくせんの徒の役目と、わたくしは心得ております。


先程鏡堂様は、わたくしがあの方々に真実を告げなければ、ことは起こらなかったと仰せになりましたが、果たしてそうでしょうか?


お三方の心の底にあった凶念は、今にも溢れ出しそうなほど強いものでした。

いずれその凶念は表に顔を出し、同じような凶事に至らなかったと、果たして言い切れますでしょうか?


わたくしは、あの方々に真実をお伝えするとともに、『事を成すは凶』であると、明確にお伝えしました。

そのことがそそのかしになると仰るのであれば、心外と申し上げる他ございません」


最後は断固とした口調で、六壬桜子は言い切る。

その言葉に鏡堂たちは沈黙せざるを得なかった。


法的に彼女を告発することは出来ないということは、彼らにも分かっている。

しかし刑事たちの心には、遣り切れない思いが募るのだった。


そしてその様子を見た六壬桜子は、居住まいを正して意外な言葉を発した。

「ただ一つだけ申し上げるなら、この町に訪れることで、わたくしの言霊ことだまの力が強くなっている気がいたします」


「言霊が強くなる?

それはどういう意味ですか?」

鏡堂の問いに、女占い師は少し深刻そうな表情を浮かべた。


「他の場所において、あのように心の奥底に凶念を抱く方々が、わたくしの元を訪れることは、一度もございませんでした。


しかしこの町を訪れる度に、今回のようなことが起きるということは、わたくしの言霊を強くする力がこの町にはあるのかも知れませんね。

そしてその言霊に惹き寄せられて、あのような方々が集って来られるのでしょうか」


最後は不審げな表情で小首を傾げる六壬に、鏡堂が食いついた。

「あなたは今、『この町を訪れる度に』と仰った。

するとあなたは、ここに定住されている訳ではないのですね?」


その言葉に女占い師はコクリと頷く。

「わたくしは国内を旅しながら、卜占を行っております」


「それでは、以前この町に来られたのはいつですか?」

その質問は、鏡堂のある記憶から発していた。


あの時、あの男は言っていたのだ。

『富〇町のゲーセンの二階の占い師に見てもらった』と。


「わたくしがこの町をお訪ねするのは、今回で三度目でございます。

一度目は10年前、そして二度目は半年前でした」

その答えは、鏡堂の記憶を裏付けるものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る