【04】爆弾魔

第二の爆弾事件の現場は、〇山市内にある二ノ瀬公園の公衆トイレだった。

鏡堂達哉きょうどうたつや天宮於兎子てんきゅうおとこが現場に到着した時は、既に周辺に規制線が張り巡らされ、その中で警察官たちが慌ただしく動き回っていた。


公衆トイレは見るも無残に破壊されていて、そのことが使用された爆発物の威力の大きさを物語っている。


爆破当時トイレ内に人はいなかったようだが、周辺にいた10人以上が、爆風と飛び散ったトイレの破片に当たり怪我をしていた。

そのうちの一人は、頭部に破片の直撃を受け、意識不明の状態で救急搬送されていた。


規制線内に立ち入った鏡堂たちは、深刻な表情で話し込んでいる熊本と鑑識の小林誠司こばやしせいじに近づいて行った。

「遅くなりました」

鏡堂が到着の挨拶をすると、二人も会釈で返す。


「かなり大規模な爆発だったようですね」

鏡堂の問いに、小林が渋い表情で答えた。

「雨宮神社で使用されたものの、倍以上の爆薬が使われてるな」


「倍以上ということは、使われた爆薬の種類は同じなんですか?」

「断定は出来ないけど、爆破犯が毎回違うものを用意するとは考えにくいからね」


その時二人の会話に、熊本が割って入った。

「それより鏡堂と天宮は、これから国松さんを連れて、〇〇大学の方に行ってくれんか?」


「国松さんを?」

「ああ、大学の漆原という専門家の先生に、前回の神社で使用された爆薬成分の分析依頼をしてるんだが、今回の分の分析も依頼をすることになったんだ」


そう言いながら熊本は、近くにいた鑑識課の国松由紀子くにまつゆきこを呼んだ。

手に金属製の小さなケースを持った国松は、すぐに近づいて来て鏡堂たちに会釈する。

「分かりました。じゃあ早速向かいます」

鏡堂はそう言うと、国松と天宮を促して車に向かった。


その日鏡堂たちが訪問したのは、〇〇大学教授の漆原亨うるしばらとおるという人物だった。

国松の説明によると、かなり著名な学者らしい。


案内された教授室に入った鏡堂たちは、両側の壁に整然と並んだ本の数に驚かされた。

すべての本が、きちんと巻数の順序ごとに整頓されている。


次に彼らが驚かされたのは、漆原教授本人だった。

教授という肩書から、年配の人物を想像していたのだが、目の前に座っているのは40歳前後の、髪を金髪に染めた人物だったからだ。

服装もTシャツにジーンズという、非常にラフなものだった。


彼らが驚いた様子で名刺を差し出すと、漆原は嬉しそうな表情をした。

「こんなチャラチャラした格好の教授が登場して、驚かれましたか?」

彼はどうやら、毎回初対面の相手の反応を楽しんでいるようだ。


鏡堂たちは何と答えていいやら分からないまま、不得要領のうちに勧められたソファに腰を落ち着ける。

そして正面のソファに漆原が着席するのを待って、国松が用件を切り出した。



「漆原先生。お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。

本日お伺いしたのは、数時間前に発生した爆弾事件に使用された、爆発物の成分分析を、またこちらの研究室でお願いしたいと思いまして」


国松の言葉に、漆原はそれまでと打って変わった深刻な表情を浮かべる。

「電話でお伺いしましたが、また爆弾事件が起きてしまったのですね?」

「はい、そうなんです。

警察としても全力で捜査に当たっているのですが、まだ犯人の特定には至っておらず」

そう言って国松は、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


すると国松の言葉に頷いた漆原は、手元のA4版封筒から書類を出して中身を国松に提示する。

「前回ご依頼いただいた、爆発成分の分析結果は既に出ています。

こちらがその実験データを示したものです。

使用された爆薬成分は、ペンスリットでほぼ間違いありません」


書類を受け取って中身を確認する彼女を見ながら、漆原は刑事たちに向かって徐に説明を始めた。

「ペンスリットはご存じかも知れませんが、非常に爆発力の大きい成分で、過去にもテロで使用されています。

合成法もそれ程複雑ではなく、大規模な設備を要する訳ではありませんので、作ることは比較的容易だと考えてよいと思います」


「それは誰でも作ることが可能ということでしょうか?」

鏡堂が訊くと、漆原は彼に深刻な顔を向けた。

「誰でもという訳ではありませんが、知識とある程度の合成技術を持った人間であれば、作ることは難しくありません」


「それは端的に言えば、どのような人物が該当するのでしょうか?」

「そうですね。

うちのような、有機合成系の研究室にいる学生レベルでも、作成可能ということです。


主な原材料も、アセトアルデヒドとホルムアルデヒド、そして硝酸という、比較的入手しやすい物ばかりです。

つまり安価で製造できる、強力な爆薬ということですね」


その答えに鏡堂は沈黙する。

犯人の想定範囲が思いの外、拡がってしまったからだ。


その時漆原の説明が終わったのを見て、国松が彼に声を掛けた。

「先生、この分析データについて、少し質問させて頂いてよろしいでしょうか?」

それに頷いた漆原が、専門的な話を彼女と始めたので、門外漢の鏡堂たちは見るともなく部屋の中を観察していた。


部屋の主の漆原のルックスとは相反して、室内にある物は整然と整えられている。

それは彼の几帳面な性格を、如実に表しているようだった。


その中で窓際の壁に貼られた、一枚のポスターが鏡堂の眼を引いた。

それは素人がパソコンで作成して、印刷した物のようだった。

タイトルには、『稲荷町の銀杏の木を守ろう』という文字が、大きく描かれている。

その言葉が彼の心の奥底に仕舞ったものを、かき乱したのだ。


「あのポスターが気になりますか?」

彼のその視線に気づいたのか、国松とのやり取りを終えた漆原が訊いた。

驚いた鏡堂が彼に眼を向けると、漆原はしみじみとした口調で言った。


「あれはスタジアム建設に反対する、市民運動のポスターです。

うちの研究室の学生がその運動に携わっていて、ここにも貼って欲しいと言われたものが、そのまま残っているのですよ」


「市民運動ですか?」

「はい、その学生は残念なことになってしまいましたが」

そこまで言うと、漆原は壁時計に目をやり、ソファから立ち上がった。

「申し訳ありませんが、これから教授会がありますので、他にご用件がなければ、今日は以上ということにさせて頂けますか?」


その言葉に鏡堂たちも、一斉にソファから立ち上がった。

そして面会の礼を述べて、教授室を後にする。


県警に向かう車中で、助手席で考え込む鏡堂に天宮が声を掛けた。

「さっきのポスター気になりますか?」


「別に」

鏡堂はぶっきら棒に返す。


「顔に出てますって」

天宮が不服そうにそう言うと、鏡堂は更にむっつりとした顔をする。


すると後部座席に座った国松が、座席から身を乗り出して、突然二人に割り込んだ。

「お二人さん、中々いいコンビになって来ましたね」

険悪になりそうな二人を、さりげなく取りなしたのだろう。


「とんでもない」

「止めて下さいよ」

二人は彼女の言葉を一斉に否定するが、国松はニヤニヤ笑いながら受け流す。


「それより、さっきの反対運動だけどさ、もうすぐ完成する<フォーゲートスタジアム>のことだよね」

国松がそこで話題を変えたので、鏡堂はバツの悪そうな表情で肯いた。


「鏡堂君、まだあの事件を引きずってるの?」

「いえ、そんなことはないです。もういいでしょう」

鏡堂はそう言うと、窓の外を向いて黙り込んでしまった。


その様子を見た国松は、やれやれという表情をする。

天宮は国松が漏らした<あの事件>のことが気になったが、隣の鏡堂の雰囲気から、それ以上は訊くことが出来ず、黙って車を走らせるのだった。

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