【03】二つの事件を繋ぐもの
県警捜査一課に帰庁した鏡堂と天宮は、
そして今回の事件の加害者である
その報告を聞いた高階は、鏡堂の意を察して機先を制する。
「つまりお前は、二件の事件に共通する何かが存在していると言いたいのか?
そしてその何かについて調べようと。
しかし今更そんなことを調べて何になる?
両事件とも犯人は明白で、既に捜査は殆ど終了してるんだぞ」
しかし鏡堂は引かない。
「その点は十分理解しています。
しかし課長、もし両事件の裏で糸を引く者がいて、犯人を何かの方法で操っていたとしたら、今後も事件が続く可能性は否定出来ないと思うんです」
「しかし保険会社の部長と中学生の殺しに、一体何の共通点があるというんだ?
血縁関係がある訳でもないんだろう?」
今度は熊本が横槍を入れた。
「今のところ被害者の間に、直接の関係は見つかっていません。
それが逆に引っかかるんです」
鏡堂のその答えに、高階が厳しい眼を向ける。
「何が引っかかる。
何者かが裏で糸を引いている、無差別殺人とでも言うのか?」
「その可能性は否定出来ないと思います」
彼の挑発的な詰問を、鏡堂は真っ向から受け止めた。
そして彼らのやり取りを、天宮はハラハラしながら聞いていた。
――あちゃあ。鏡堂さん、またやっちゃったよ。
――この人どうして、もう少し下手に出る言い方が出来ないんだろう?
彼女の心配通り、高階と鏡堂の間に、一瞬眼に見えない緊張感が張り詰めた。
しかし最初に折れたのは高階だった。
「よし、分かった。
お前と天宮に、三日だけ時間をやろう。
その間に両事件の関連性が見つからない場合は、この件からは一切手を引くんだ。
いいな」
最後は厳しく命じる彼に、鏡堂は強く肯いた。
その様子を見て高階は、諦めたような口調でぼやく。
「まったく。一課は暇じゃないんだぞ。
それでなくても、雨宮神社の爆弾事件で、手が足りてないというのに」
<雨宮神社>という言葉を聞いて、天宮の心が少し疼いた。
既に自分とは関係のない場所だが、その言葉を聞く度に、20年前の父の事件を思い出すからだ。
高階の許可を得た鏡堂たちは、まず西田伸之の妻を尋ねることにした。
〇山市郊外にある一戸建ての住まいを訪ね、身分と訪問目的を告げると、西田夫人は少し躊躇した後に彼らを招じ入れてくれた。
西田夫人は温厚そうな佇まいの女性だったが、今は憔悴し切っているように見えた。
――定年を目の前に控えた夫が、突然あんな事件を起こして亡くなったんだから、当然だろうな。
鏡堂は同情の眼を彼女に向ける。
「夫のことは既に他の刑事さんにお話ししましたが、まだ何かお聞きになりたいことがあるのでしょうか」
「ご心労の多いところ、大変恐縮です。
何点かお聞きしたら、すぐにお暇しますのでご容赦下さい」
伏目がちに尋く西田夫人に謝意を述べた後、鏡堂は徐に質問を始める。
「本日お訪ねしたのは、西田さんと糸原さんのご関係について、もう一度お聞きしたかったからなのです」
それを聞いた夫人は、目にうっすらと涙を浮かべた。
「鞠絵さん、失礼、糸原さんは、彼女が入社当時から、ずっと主人の部下として働いておられました。
大変真面目で礼儀正しい一方で、とても努力家で能力の高い方だったのです。
主人は彼女に殊の外眼を掛けて、可愛がっておりました。
以前は我が家にご招待したことも、度々あったのです。
何か悩みがある時は、彼女の方から訪ねて来てもくれました。
そして鞠絵さんは能力通りに出世されて、三年前に部長に昇進されたのです。
主人はそのことを大変慶んでおりました」
「大変失礼なことをお聞きしますが、ご主人は元部下だった糸原さんの下に着くことになったんですよね。
そのことで、こう言っては何ですが、不満のようなことを漏らしたりすることはなかったんでしょうか?」
鏡堂のその質問に、夫人は強く首を横に振った。
「世間的には、そのように思われることがあると承知しております。
しかし主人は、会社での昇進を、ある意味諦めておりました。
元々上昇志向は強くない人でしたし、食べて行けるだけの十分な収入を頂いておりましたから。
むしろ主人は、鞠絵さんが部長職に就かれたことを、少し心配していたのです」
「心配されていたというのは?」
「鞠絵さんは、非常に繊細な方でした。
そんな彼女が、保険会社の部長職のような、厳しい立場に立たされて、心を壊してしまわないかと心配していたのです。
ご存じかも知れませんが、保険業界と申しますのは非常に競争の激しい業界です。
もしも営業成績で他社に劣るようなことがあった場合、社内での圧力は相当厳しいものがあるそうなのです。
部長という地位は、その圧力をまともに受け止めることになりますので、その心労も、一般社員の比ではないくらい大きいものなのだそうです。
そのような重職に鞠絵さんが就いて、繊細な彼女の精神が耐えられるのかと、主人は心配していたのです。
実際鞠絵さんからも、日々相談を受けていたようでした。
自分が定年退職した後、彼女は誰に頼って職を続けていくのかと、主人は我がことのように心配しておりました。
ですので、今回の事件を聞いても、私には現実とはとても思えないのです。
本当に主人が、鞠絵さんに手を掛けたのでしょうか?」
そう言って涙ぐむ夫人を見て、鏡堂たちは同情を禁じ得なかった。
そして彼女の言葉を聞く限り、二人の間に殺人の動機となり得る事情は見いだせない。
「それでは、もう一点だけ質問させて頂いてよろしいでしょうか?」
鏡堂は夫人が落ち着くのを待って、そう訊ねる。
すると夫人は小さく頷いた。
「思い出していただくのは、非常に心苦しいのですが、事件前日のご主人の様子について伺いたいのです。
前日は会社の送別会があったそうですが、帰宅後のご主人の様子に、何か変わった点はありましたか?」
「特にいつもと変わりはありませんでしたが、少し落ち込んでいたようには見えました。
長年勤めた会社を、いよいよ辞めるという段になって、寂しかったのだと思います」
その答えを聞いた鏡堂は、隣の天宮を見る。
彼女はその意を察して、口を開いた。
「私からも一つだけ質問させて下さい。
奥様は、『ことをなすはきょう』という言葉に聞き覚えはありますか?」
「『ことをなすはきょう』ですか?
それはどのような意味でしょう」
「意味は今のところ分からないのですが、ご主人が生前、そのような言葉を口にされていたことはありませんか?」
天宮の問いかけに、夫人は首を横に振る。
「主人から、その様な言葉を聞いた記憶はありませんねえ」
そのやり取りを最後に、鏡堂は西田夫人に丁重に礼を述べ、西田家を後にした。
――これからあの女性は、何を心の支えにして生きていくのだろう。
西田家を去りながら、天宮は少し感傷に浸るのだった。
「これから富〇町に行って見よう」
車に乗り込むと、鏡堂は天宮に次の行き先を指示する。
「例の占い師ですね」
天宮もその意を察して頷いた。
西田伸之が、『ことをなすはきょう』を口にしたことが、送別会以前になかったことは、社員たちや西田夫人の証言から明白だ。
それはつまり、西田がその言葉を吹き込まれたのが、占い師からという可能性が考えられるのだ。
鏡堂と天宮が〇山市随一の繁華街である富〇町に到着したのは、午後三時を少し過ぎた時刻だった。
まだ時間が早いせいか、周囲を歩く人は少なかった。
目的のゲームセンターが入ったビルはすぐに見つかる。
ビルの二階の窓には、<占いの館>の文字が一つずつ大きく貼り出されていた。
階段を上ると、すぐに<占いの館>の入口があった。
大仰な装飾が施された扉の脇には、占い師の名前を記した看板が掲げてある。
鏡堂が看板を見ると、数人の占い師が日替わりで入っているようだ。
西田事件の前日は水曜日だったので、その日の担当者の名前を確認する。
そこには<卜占 六壬桜子>と書かれていた。
――これは何と読むんだろう?
鏡堂がそう思っていると、後ろから天宮が呟く。
「<ろくじん>と読むんですかね。水曜日担当の人は、日曜日も担当していますね」
鏡堂が日曜日の担当を見ると、確かに同じ名前が記されていた。
今日は月曜日なので、別の占い師が入っているようだ。
二人が顔を見合わせ、中に入るべきかどうか相談し始めた時、鏡堂の携帯の呼び出し音が鳴った。
電話を取り出すと、相手は熊本だった。
急いで電話に出た鏡堂の耳に、緊迫した熊本の声が飛び込んで来る。
「また爆弾事件だ。すぐに現場に向かってくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます