第28話 ヒロインと舌を絡め合ってしまう

「迷ってるんだね。哲彦くん。それなら……」


 桐葉は俺の頬を掴んで——キスをした。

 柔らかい唇の感触が伝わってくる。

 

 (これはマズイ……)


 流されてはダメだ。

 一度、欲望に飲み込まれてしまえば、バットエンドに直行してしまう。

 バットエンド=桐葉の死。

 もしかしたら……世界が崩壊するかも。

 だからこれ以上は——


「ダメだ……」


 俺は桐葉の肩を掴んで、身体を引き剥がそうとする。

 だが……


「う……ごめん。まだ、こうしてたい」


 桐葉は俺の首にしがみつく。

 それから俺の口の中に、自分の舌を——


 (これは完全にアウトだ……!)


 キスには二種類ある……と俺は思う。

 ひとつには、甘酸っぱい青春のキス。

 好きな女の子と結ばれる瞬間。

 キレイな夜景とか夕焼けをバックにして、レモン味がしそうなキスだ。


 もうひとつのキスは——欲望に任せた口づけ。 

 キスは始まりにすぎない。

 舌を絡め合うことでお互いの欲望を煽って、理性の防波堤を侵食していく。

 それはどんな聖女の結界でさえ、易々と破壊してしまうのだ。


 (これは欲望に任せたキスだ……)


「ぷはっ……はあ、はあ……ごめんなさい。それ以上のことはしないって約束したけど、でも、あたし、もう我慢できない……」

「桐葉……」


 桐葉は完全にスイッチが入っている。

 ゲームでも見た、えっちシーンの時の顔だ。

 目がとろんと潤んで、息が荒い。


 (このままじゃ、マジでバットエンドだ……)


「ごめん。これ以上はダメだ。本当に」

「哲彦くんは……あたしと、そういうことしたくない?」

「そういうわけじゃないが……」

「あたしって、そんなに魅力ないかな?」

「いや、桐葉に魅力がないわけじゃないよ。でも、俺と桐葉は友達同士だ。友達同士は普通——」


 俺がそう言いかけた時、桐葉は俺の言葉を遮るようにして、


「——友達同士、そんなの関係ないよ」

「え……」

「友達同士でも……お互いが良いなら、それでいいんじゃないかな? 人にどう思われても、自分たちが良ければいいと思う」


 友達同士で「そういう関係」になる。

 それは一般的に「セ⚪︎レ」と呼ばれる関係だ。

 セ⚪︎レとは、セック⚪︎フレンドの略。

 正式名称で言うとその関係の生々しさを感じる。


「桐葉……世間には許されない関係もあるんだよ。俺は桐葉とそういうことは——」

「それ以上先は言わないで……悲しくなっちゃうから」

「すまん。はっきり言うと——」

「たとえ世間が許さなくても、あたしは哲彦くんのことが好きなの」


 許されない関係だからこそ燃える。

 絶対に認められない関係だからこそ純粋——

 それは不倫とかする奴の常套句だ。

 ただの自己正当化にすぎない。 


 いや、そんなことはどうでもいい……

 桐葉と俊樹は結ばれないと、桐葉が死ぬんだ。

 だから俺は——


「ごめん。桐葉。俺は桐葉とそういうことはできない。本当に悪い」

「哲彦くん……ま、待って」


 俺は抱きつく桐葉を引き離すと、背を向けて、海の家のほうへ走った。


 (これは桐葉のためだ。こうするしかないんだ……)



 ……しかし、俺は知らなかった。

 後に俺は桐葉と、「そういう関係」になってしまうことに——

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