第26話 ハグまでならいいよね? 桐葉視点

【桐葉視点】


「俊樹とあたし、何もできなかった……」


 哲彦くんとアイサちゃんがカキ氷を食べに行ったあと、あたしは俊樹が二人きりが気まずくて、あたしは海の家のトイレに逃げてきた。

 

「どうしちゃったんだろう……あたし」


 この日のために、哲彦くんからアドバイスをもらった。

 俊樹にボディタッチすれば、きっと俊樹はあたしを意識し始めると……

 でも、あたしは俊樹に触れることができなかった。

 それは、ある人の顔が思い浮かんだからだ。


「哲彦くんの顔が、思い浮かんじゃった……」


 どうして?

 どうしてなの……?

 どうして哲彦くんの顔が浮かんじゃったの?

 

「あたしは俊樹が好きなはずなのに……」


 この日のために、あたしはずっと準備をしてきた。

 俊樹のために水着を新しく買ったし、さっきも、勇気を出して俊樹との距離を縮めようとした。

 だけど無理だった。

 

「もうわからない……」


 あたしは天井を見つめる。

 小さな豆電球が、吊るされていた。

 

 俊樹のことは好きなはず……

 少し前までなら、俊樹に触れたいと思っていた。

 手をつないだり、肩を寄せ合ったりしたかった。

 だけど今は……


「別の人と、そういうことをしたい」


 その別の人は……たぶん。


「哲彦くん、だ……」


 あたし今日、俊樹と二人きりになって確信した。

 哲彦くんに、あたしの心を惹かれていることに――


「ダメだ、ダメだ、ダメだ……」


 哲彦くんは俊樹の親友だ。

 今までずっと、哲彦くんはあたしの恋を応援してくれていた。

 俊樹とあたしが結ばれるために……

 

「あたしの気持ちを知ったら、きっと哲彦くんは気持ち悪いって思うよね」


 あたしは自分で自分の顔を両手で覆う。

 胸の鼓動が早くなる……

 最近、ずっとそうだった。

 哲彦くんのことを考えると、胸がドキドキする。

 もうすごく……

 頭の中では恥ずかしいことをたくさん考えてしまう。


「はあ……あたし、本当に何を考えているんだろ」


 今、あたしが頭の中で考えていることを実行に移せば、女の子として完全に終わる。

 人生が確実に終了する……

 いわゆる「もうお嫁にいけない……っ!」てやつだ。


「でも、でも、はあ……はあ……」


 あたしはお腹の下のほうを触る。

 少しだけ、指で撫でてみる。


「ダメだ……こんな人のいることで、しちゃ……」


 誰か来てしまったらどうしよう……

 でも、もう、我慢できない。


「哲彦くんの……身体、すごく、よくて……」


 割と筋肉あるんだよね。哲彦くん。

 中学の時のサッカーやってたらしいし。

 足の太ももとか、太くて、たのもしくて――


「はあ……ハグぐらいなら、いいんじゃないかな?」


 日本人はスキンシップが足りないんだ。

 だから人と人の距離が遠くなる。

 もっとアメリカ人みたいに、男女で抱き合ったり、キスしたり、もっと身体と身体を触れ合わせるべきだ。

 うん。そうなんだ。ハグぐらい、外国じゃ普通なんだ。

 日本はもっとグローバル化すべきで……


「……って、あたし、何を考えているんだろう」


 わけのわからない自己正当化をして、ただ欲望に流されているだけだ。

 それじゃダメだ。良くない。

 ちゃんと自分の気持ちを抑えないと……


「あたしは俊樹が好き。で、哲彦くんはあたしの相談役」


 あたしは自分に言い聞かせる。

 哲彦くんに惹かれるのは正しくないことだと……


「でも、本当にそうだろうか?」


 俊樹も好きだし、哲彦くんも好き。

 それは両立する……?

 そして今、あたしの心は哲彦くんを求めている。


「もしも哲彦くんがあたしを受けていれてくれるなら……」

 

 それに哲彦くんとは、相性がいいかもしれない。

 哲彦くんの、あの腕であたしは抱かれて……


「いや、そこまではさすがにダメだ……」


 うん。ハグまで。

 最悪でもキスまで。

 それなら許してくれますよね? 神様。

 


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