第25話 あたし、病んでるよね
「ごめんなさい……哲彦くん……」
桐葉は俺の身体に抱き着いた。
柔らかいものが俺の胸にぎゅうっと当たる。
しかも水着越しだから、かなりリアルな感触が……
「どうしたんだ……桐葉?」
「ごめん。なんだか急に哲彦くんに抱きしめほしくなちゃって……」
はあはあ……と、桐葉の吐息が俺の身体にかかる。
桐葉の身体は熱くて、顔も赤く染まっている。
(これは……)
「こんな人が見てるところで本当にごめんなさい」
「いや、大丈夫だよ……」
たしかにここはカキ氷屋の前。
周囲の人たちが俺たちをチラチラ見てる。
「ねえ……哲彦くん、人のいないところ、いかない?」
「え……?」
「本当に何もしない。何もしないから、誰もいないところで哲彦くんにぎゅっとしてほしい」
何もないから――これって、男が女の子をラブホとか誘うときに使う言葉だ。
もしも人気のないところへ行けば、何もないわけがない……
俺と桐葉がそういうことをしてしまえば、完全にバットエンドへ直行。
絶対にダメだ。
断らないと――
「桐葉、俺は――」
俺は桐葉の潤んだ瞳を見ながら、はっきりと断ろうとしたが……
「……ダメ。断らないで。今、あたし、哲彦くんに拒否されたら、死じゃうかもしれない」
桐葉は指で断ろうとする俺の口を塞ぐ。
懇願するような顔。
さらに強く俺の身体を抱きしめる。
そして胸ももっと強く当たってくる……
(流されちゃダメだ……)
「……桐葉。話ならいくらでも聞くよ。俺は桐葉の恋を応援しているから」
「ありがとう……哲彦くん。でも、あたしはお話するだけじゃ……もう気持ちが」
「桐葉が好きなのは俊樹だろ?」
「うん。でも、でも……わがままかもしれないけど、哲彦くんが……ほしい」
(ヤバいぞ……これ)
なぜか知らないけど、桐葉が俺を求めてくる。
どうしてだ? 俺は親友キャラのはずだ。
ヒロインは主人公が好き――この世界の大原則のはず。
もしも桐葉が俊樹と結ばれなければ、桐葉は死ぬ。
もしかしたらこの世界も崩壊するかもしれない……
「本当に何もしない。約束する。ただ、人のいないところであたしを抱きしめてほしいだけ。少しでいいから」
「いや、しかしな……」
「好きな人がいるのに、その友達に慰めてもらうなんて……あたし、病んでるよね。病んだ女の子だよね? ……あたしのこと、嫌いにならないで」
まるで子どもみたいに、必死に俺の身体にしがみつく桐葉。
……もしこのまま桐葉を拒否して、桐葉がさらに病んでしまったら、すべてがダメになってしまうかもしれない。
本当に何もしなければいい。
ただ、友達として、桐葉を慰めるだけ。
俺は自分に強くそう言い聞かせた。
「……本当に抱きしめる以上のことはしないぞ?」
「うん。それでいい。ごめんね」
「それなら……じゃあ、あの岩の裏に行こうか」
俺はカキ氷屋から少し離れたところにある、大きな岩を指さす。
周囲を見渡しても、他の場所で人に見られないところはなかった。
そう……あの岩は、俊樹がヒロインたちといろいろなことをする場所。
あそこで俊樹とヒロインたちはエロゲらしいことをする。
まさにプライヤーが期待しているようなことを……
(あそこしかないよな……)
「でも……哲彦くんとなら、それ以上のことも、してもいいよ?」
「そうか。なら行くのやめるぞ?」
「あ……それはダメ! 本当にただ、哲彦くんに抱きしめてほしいだけ」
「約束な」
「うん。本当に約束するっ!」
明るく笑う桐葉。
俺の手を握って、歩き出す。
「哲彦くんって本当に優しいな! チョロい!」
「おいおい。俺は真面目に……」
「哲彦くんとずっと二人きりになりたかったんだー!」
「本当に……抱きしめるだけ、だからな」
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