第24話 他に好きな人がいる

「哲彦くん、アイサ、お帰り……」


 俺とアイサがカキ氷を食って帰ってくると、桐葉と俊樹の間には気まずい雰囲気が流れていた。

 

 (なんだか様子が変だ……)


 これはたぶん上手く行かなかったらしい。

 桐葉と俊樹は隣同士で座っているが、なんとなくだが身体の距離が空いている。


「もうこのお店、出よう……」


 桐葉は元気がなさそうに言った。

 俊樹と上手くいかなかったようだ。


 (あとで桐葉から話を聞かないと……)


 桐葉と俊樹が上手くいかなったら、この世界はバットエンドに向かってしまう。

 今まであまり考えてこなかったけど、もしもバットエンドになってしまったら、この世界はどうなるんだろう?

 シナリオ通りにいけば、桐葉が病気で死ぬことは確実だが、俺を含めた桐葉以外の人間はどうなるのか……

 まさか世界が突然崩壊するとか……そんな感じになるのかな。


 (……だとしたら、結構ヤバくね?)


 ★


 俺たちは海の家を出て、ビーチで寝そべっていた。

 パラソルにビーチを刺して、ビニールシートを引いて、みんなで海を眺める。

 桐葉と俊樹の間にある冷たい空気のせいで、俺たち四人はどこかテンションが低かった。


「……ねえ、哲彦くん」


 桐葉が横から話しかけてきた。


「あたしもカキ氷、食べてたくなってきた」

「そうか」

「連れて行ってくれない?」


 俺はさっきカキ氷を食べてしまったが……これはたぶん桐葉のサインだろう。

 きっと桐葉は俺と二人で何かを話したいみたいだ。

 

「いいよ。カキ氷、一緒に行こう」


 俺は立ち上がった。

 そして俺と桐葉は、さっきのカキ氷の屋台のところまで行く。


「……哲彦くん、ありがとね」

 

 ビーチを歩きながら、桐葉はポツリと言う。

 声の感じからして、かなり落ち込んでいるようだ。


「いいよ。俊樹と何かあったんだろ?」

「ううん。その逆なの。あたし、何もできなくて――」


 そう桐葉が言いかけた時に、俺たちはカキ氷の屋台へ到着していた。

 

「苺シロップのカキ氷、すげえ美味しかったよ。食べてみたら?」


 俺は落ち込んでいる桐葉を、元気づけてやりたかった。

 財布から三百円を取り出して、屋台のおじさんに渡す。


「ごめん。あたしが出すから……」

「大丈夫だよ。ここは奢らせてくれよ」

「ありがとう。哲彦くん、優しいね」


 桐葉の恋が上手くいかなければ、世界が崩壊するかもしれない……

 もしかしたら俺自身も死ぬかもしれない。

 だから俺は、桐葉のメンタルをケアしないといけない。

 もし桐葉が病んでしまって、恋を諦めたらすべてが終わってしまうからだ。


「……話、途中だったね。俊樹とはどうだったの?」

「あたし……何もできなかったの」

「そっかあ……」


 桐葉には俊樹と二人きりになって、距離を近づけるように言っておいた。

 たぶん童貞男子の俊樹だから、ボディタッチをすれば効果的だと……

 ギャルキャラのアイサは割と男子と簡単に距離を埋めることができるが、清楚キャラの桐葉はなかなかできることじゃない。

 だから二人きりの空間を無理にでも作り出して、俊樹との距離を埋めるチャンスをつくったのだが……


「ごめんなさい。あたし、哲彦くんのアドバイス通りにできなかった……」

 

 うつむいて、カキ氷を食べる手を止める桐葉。

 俺のアドバイス通りにできなかった自分に、腹が立っているみたいだ。


「謝ることはないよ。桐葉のペースでやればいいから」


 ゲームのシナリオ通りにいけば、ここで桐葉と俊樹の距離が近くなるはずだった。

 桐葉がここで何もできなかったということは、シナリオ通りの展開ではない。

 

 (これはマズイかもしれない……)


 もしかしたら桐葉の俊樹への好感度が低いのかもしれない。

 女の子は、本当に好きな男のためなら、たとえどんなことがあっても好きな男のために頑張るものだろう。

 そこまで桐葉が俊樹のために頑張る気持ちがないだとしたら、問題は俊樹のほうにあるのか?

 いや、それはない。俊樹はエロゲの主人公だ。

 無条件にヒロインたちに愛される存在のはず……


「もしよかったら教えてほしいんだけど、どうしてできなかったんだ?」

「……なんだか迷いが出ちゃったの」

「迷い?」

「うん。俊樹への気持ちが本当かどうかわからなくなって、あたし、俊樹に触れなかった……」


 (やっぱりか……)


 桐葉は俊樹が好きかどうか、わからなくなっている。

 俊樹への好感度が低いのが原因だ。

 ここは俊樹への好感度を上げていかないといけないが……


「あたし、俊樹の幼馴染だから、ずっと昔から俊樹が好きだった。だけど最近、それが本当にわからなくなってきていて……」

「俊樹を好きじゃなくなったの?」

「ううん。好きじゃなくなったわけじゃない。俊樹の彼女にはなりたい。だけどその気持ちに自信を持てなくて」


 (これってまさか……?)


「……もしかして、他に好きな人ができたとか?」


 俺はついに核心に迫る質問をする。


「それは……うん。そうかも、しれない……」


 (マジかよ……)


 桐葉は泣きそうな顔をしながら、言葉を絞り出すように話す。

 かなり辛そうというか、本気で自分の気持ちに悩んでいるようだ。

 だが、これは確実にバットエンドへ近づいていることになる。

 なんとかしないとマジでヤバいことに……


「哲彦くん……ごめん!」


 と、桐葉はそう言うと、

 

 ――俺に抱き着いてきた。

 

 

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