第19話 完全にいわゆるセ◯レだよね 桐葉視点

【桐葉視点】


 海へ行く数日前のこと――


 あたしは自分の部屋で、哲彦くんと買った水着を見ていた。


「この水着、俊樹に見てほしい……」


 ……と、あたしは言いつつも、実は別のことを考えている。


「哲彦くんにも見てほしい……かも?」


 これはあくまで疑問形……

 あたしは俊樹がずっと好きだった。

 それは今も変わらない。

 俊樹に対して「好き」という気持ちはあるんだけど、最近、その「好き」がわからなくなってきている。


「はー! あたし、やっぱりおかしい……」


 ベッドに倒れ込んで、あたしは枕に顔を埋める。

 あたしはいつもこうやって冷静になるのだ。


「あたしは俊樹の幼馴染で、哲彦くんは俊樹の親友で……」


 哲彦くんのことが好きかと言われたら……好き、じゃない。

 いや、それは違う。好きだ。

 もちろん友達として……

 そう。哲彦くんはあくまで友達として好き。

 それが「正しい」ことなんだ……よね?


「早く俊樹と付き合えば、この変な気持ちは消えるのかな……」


 俊樹と一緒にいれば、哲彦くんのことを忘れられる。

 哲彦くんは俊樹の親友だからこれからもあたしたちはずっと一緒。

 俊樹ともアイサとも哲彦くんとも、ずっとこのままだ。

 たとえあたしと俊樹が付き合うことになっても……


「俊樹と付き合いながら、哲彦くんにもファミレスで二人きりでお話する……なんてこと、都合が良すぎるよね」


 あたしは仰向けになって、何もない天井を見つめる。

 それからあたしとって都合の良い夢を妄想する。

 ……あたしと俊樹は彼氏彼女になる。でも、ときどきあたしは哲彦くんと会う。俊樹のいないところで二人きりで。

 俊樹の知らない場所で、あたしと哲彦くんだけの秘密の時間。

 そこであたしと哲彦くんは……俊樹には絶対に言えないようなことを――


「ダメだダメだダメだ……っ! あたしはいったい何を考えて……!!」

 

 ぼふぼふ枕を殴りまくる。

 あたしは哲彦くんに何を期待しているんだろう……?

 これって完全に、いわゆる「セ◯レ」ってやつ――


「そんなこと絶対にダメだ。はしたない。汚い。おかしいよ、あたし……」


 でも、これがあたしの本当の気持ちなのかもしれない……

 抑えられない、本当の、心の底にある気持ち。

 

「ダメだ。哲彦くんにそんなこと望んじゃいけない……」


 決して許されない関係。

 俊樹という好きな人がいながら……

 哲彦くんは真剣にあたしの相談に乗ってくれているのに。

 あたしが不純な気持ちを抱くなんてあり得ない。

 

「海で何かしちゃうかも……」


 はあ……とあたしは深いためいきをつく。

 想像してしまうと、それが現実になってしまうかもしれない。

 強く望めば、それは実現してしまうものだ。

 そして否定すればするほど、どんどん願望は強く強くなっていく……


「どうしたらいいんだろう。もういっそのこと……」


 ダメだ。

 気持ちに流されちゃいけない。

 流されたらあたしは……本当に最低な人間になってしまう。

 本当に女の子として終わってしまう。


 あたしは哲彦くんとのLIMEを開く。

 今までの二人のやりとりを読み直す。

 

「哲彦くんって本当に優しいな……」


 いつもあたしを気遣ってくれる。

 あたしに優しい言葉をたくさんかけてくれる。

 あたしの……素の姿を知ってくれている。

 その……あたしのめんどくさいところも。

 卑怯なところも……


「哲彦くんは、俊樹には知られていない、あたしの裏側を知っている」


 思えば、あたしは俊樹の前ではずっと「いい自分」だけを見せていた。

 真面目で清楚な女の子。

 幼馴染で俊樹のことを何でも知っている女の子。

 そんな自分を演じてきたような気がする。

 それは周囲の人たちから望まれていたから、そういう自分をつくってきた。

 生徒会の活動も部活も勉強も頑張ってきた。

 頑張らないと、あたしは周囲の期待を裏切ってしまう。

 もしも「みんなが期待する桜坂桐葉」と違うことをしてまえば、あたしは……


「みんなから、きっと捨てられる……」


 怖い。

 すごく怖い。

 俊樹も本当のあたしを知ってしまえば、きっとあたしを嫌うに違いない。

 本当のわたしは……めんどくさくて、ひねくれていて、嫉妬深くて――

 きっと誰もあたしのことなんて受け入れてくれない、と思う。

 

「あたしのこと、わかってくれるのは哲彦くんだけだ……」


 哲彦くんの声を聞くと、甘えたくなってしまう。

 あたしのすべてを、哲彦くんに明け渡したくなる。

 無防備で弱いあたしを、全部、全部、見せたくて……


「暑いな……この部屋」


 7月なんだから暑いの当たり前だ。

 ……違う。この熱はあたしの身体の中から出てくる。

 お腹の下のほうが……とても熱い。


「はあ……はあ……」


 あたしはこういうことは滅多にしない。

 神様に誓って、生まれてから数回だけ。

 俊樹を想ってしたことがあるだけ。

 下のほうへ、あたしを手を伸ばす。


「ふう……はあ……うんっ!」


 これは海でやらかさないために必要なんだ。

 あたしは自分にそう言い聞かせた。


 


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