第9話 あたしを慰めて?

 打ち上げは平和的に進んだ。

 高校生同士の他愛ない会話で、俺たちは時間を埋める。

 俊樹に「あーん」をかわされてから、アイサが俊樹にアプローチすることはなくなった。


「ごめん。トイレ借りたいんだけど」

「あたし、案内するね」


 俺とアイサは部屋は出る。

 アイサが先を歩いて、俺は着いていく。


 (本当にデカい家だな……)


 廊下もふかふかの絨毯が敷かれて、まるでどこかの貴族の豪邸みたいだ。

 庶民とはまったく違う生活。よく考えれば財閥令嬢で、しかもアイドルのアイサと距離を感じる。

 住む世界が違う――前世がブラック企業の社畜だった俺は、そう思わざる得ない。


「……着いたよ。ここがトイレ」

「ありがとう。じゃあ――」

「哲くん……っ!」


 俺がトイレに入ろうとしたその時——

 アイサが俺に抱きついてきた。

 

「あ、アイサ……?」

「哲くん……あたし、どうしたらいいの?」


 むにゅうと柔らかいものが俺の胸に当たる。

 かなり強い力で俺に抱きついてるみたいだ。

 

 (こんなイベントはゲームになかったが……)


 突然のことに俺は戸惑うしかない。

 抱きしめ返すとわけにもいかず、俺は両手をアイサに触れないようにする。

 アイサの身体は震えていた。今にも泣き出しそうな感じだ。


「どうした……? アイサ?」

「あたし、俊樹にきっと嫌われてる……」


 そうか。俊樹が自分を避けてると思ってしまったのか。

 俺が俊樹をそう仕向けたわけだから、若干の罪悪感を抱かないわけにはいかない。


「哲くん……あたしを慰めて?」

「えっ?」


 一瞬の出来事だった。

 アイサが俺に、キスをした——



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