第8話 現実にはハーレムエンドはないんだよ

 放課後。

 俺、桐葉、アイサ、俊樹はアイサの自宅へ向かう。


 電車に乗って、三駅目で降りた。

 改札を出て、アイサの自宅へ四人は歩く。

 桐葉とアイサが前を歩いて、俺と俊樹が後ろを歩いた。

 俺はわざとゆっくり歩いて、桐葉とアイサから少し距離を取るようにする。

 前の二人に聞こえないぐらい離れたところで、俺は作戦を実行する。


「なあ、俊樹……」


 俺は桐葉とアイサに聞こえないように、俺は小さな声で俊樹に話しかける。


「なんだよ?」


 俺が妙に小さな声で話すから、俊樹は怪訝な顔をする。


「驚かないで聞いてくれ。実は……アイサは今日、俊樹とスルつもりらしい」

「な……っ!」

「おいおい。声を抑えてくれ。二人に聞こえてしまう」

「スルって……いったいどういうことだよ? ていうかなんで哲彦は、アイサのすること知っているんだ?」

「アイサに相談されたから」


 俺の作戦はこうだ——

 まず、アイサが今日、コトに及ぶことを俊樹にバラす。

 この世界はすでに「桐葉ルート」に入っている。

 ということは、俊樹はどちらかと言うとアイサより桐葉に惹かれていることになる。

 そこを利用する。


「アイサは俊樹のことが好きらしい。だから今日、家で勝負をかけようとしているんだ」

「マジかよ……」


 俊樹は前を歩くアイサに見る。

 その表情には戸惑いと期待が交じっていた。

 これから一緒に打ち上げをする女友達が、自分とエロいことしようとしている——それを知って驚かない男がいるだろうか。

 そして、喜ばない男がいるだろうか……

 だが、俊樹よ。そうはいかない——


「俊樹。お前は桐葉が好きなんだろ?」

「……ああ。わかってたのか」


 (そりゃ桐葉ルートをクリアしたからな)


「でも、俊樹はアイサも傷つけたくない。そうだろ?」

「……そうだ。よくわかっているな。哲彦」


 エロゲの主人公はみんな言う——「俺は女の子を傷つけたくない」

 ……と言いつつ、結局はヒロイン以外の女の子を傷つけることになるのだが、そこはエロゲのご都合主義で誤魔化されることになる。

 しかし、この世界は現実だ。ヒロイン以外の女の子は傷ついて泣くことになる。


「今、欲望に流されてアイサとスレば、アイサも桐葉も傷つけることになる。それはわかるよな?」

「……わかってる。俺は流されない」


 少し不満そうな声を漏らす俊樹。

 やっぱりアイサとシタイみたいだ。

 だが、それは破滅的な結果を招く。

 バットエンドへ一直線だ。


「俊樹。二人を同時に手に入れるのは無理だ。このゲームには……じゃなくて、現実にはハーレムエンドなんてものはないんだよ」


 ハーレムエンド——それは男の夢だ。

 だが、現実でそれはあり得ない。

 実際にハーレムは女の子をズタズタにする。

 俊樹が少しでも罪悪感を感じてくれたら、俺の作戦は成功だ。


 (そもそもこのゲームに、ハーレムエンドないし……)

 

「本当にわかった。アイサの誘いには乗らない」

「ありがとう。男と男の約束な」

「おう……」


 俊樹はわかってくれたようだが、やっぱり最後まで不満そうであった。

 ハーレムを諦めるのは相当ツライみたいだ。

 同じ男として気持ちはわかるけど。


 (とりあえず、説得できてよかった……)


 ★


「アイサちゃんのお家、すっごく大きいね!」


 アイサの家は、財閥の藤丸グループ。

 お城みたいな大豪邸だ。

 異世界ファンタジーに出てきそうなメイドさんが出迎えてくれて、俺たちは部屋まで案内される。


「すげえ部屋だ……」


 俺は思わず声を漏らす。


 かなり大きな部屋だ。

 長いテーブルの上に、ケーキやらクッキーやら高そうなお菓子が並べてある。


「好きなだけ食べてねー」


 豪邸に緊張する俺たちに、アイサが微笑む。

 かなり気合いを入れて、もてなしてくれるらしい。

 

「俊樹もほら、ケーキ食べて」


 計画通り、さりげなく俊樹の隣に座るアイサ。

 

「はい。食べさせてあげる。あーんして?」


 フォークで苺ショートケーキを崩して、俊樹の口元まで持って行くが——


「……いや、ありがとう。自分で食べるよ」


 俺と桐葉の冷ややかな視線を感じたのか、俊樹はアイサの「あーん」を拒否する。


 (よかった。いい子だ、俊樹……)


 さっき俺が説得した時は不満そうな様子だったから、ちゃんとアイサをかわすか心配だった。

 ハーレム鈍感主人公にも良心はあるらしい。


「そっか。俊樹は自分で食べるか……。じゃあ哲くん食べてよ」


 今度は俺のほうを向いて、ケーキを俺の口元へ持ってくる。


「哲くんは食べてくれるよね? 食べてくれなかったら、あたし泣いちゃうかもー」


 アイサは冗談めかして言うが、目が本気だ。

 俊樹が拒否した後で俺も拒否すれば、かなり気まずい雰囲気になる。

 せっかくの期末テストの打ち上げなのに、それも台無しだ。


「ほら、あーんして?」

「……あーん」


 俺はアイサの圧に負けて、口を大きく開ける。


 (う…っ! 俊樹と桐葉の視線が痛い……)


 特に桐葉の視線は少し怒っているような感じだ。

 自分の役目を取られたような、そんなニュアンス。


「ほら、ケーキだぞ〜〜! おいしいよ!」


 そんな俺の葛藤をよそに、アイサはどんどんケーキを食べさせてくれる。

 甘くてすごくおいしい……

 あ、これ。アイサルートで俊樹がしてもらうやつだ。


「うん! 食べてくれて嬉しいよ!」


 アイサは無邪気な笑みを浮かべる。


 (ヤバい。俊樹の立場を取ってしまったような?)


 桐葉の弁当に続いて二回目だ。

 俊樹の立場を取ってしまうことは……


 若干の罪悪感を抱いてしまう俺だったが、この後も俊樹の立場を奪うことに——

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