第7話 哲くんのこと誤解していた アイサ視点

【アイサ視点】


「哲くん……けっこういい人かも」


 六時間目。

 今日最後の、数学の授業だ。

 あたしはすでに家庭教師から高一の数学なんて習っているから、ほぼ聞かなくていい。

 学校はアイドルのあたしにとってただの休み時間。

 あたしが本気を出すのは放課後からだ。


「今日で必ず俊樹を……落とす」


 俊樹は桐ちゃんに気がある。

 それはあたしもわかっていた。

 だからこそ、今日、期末テストの打ち上げで決めないといけない。

 桐ちゃんがもう入り込む余地のない、既成事実を作り上げるのだ。


 あたしはさりげなく俊樹の隣に座る。

 そこから俊樹を少しづつ触っていく。あたしの身体にもわざと触らせていく。

 そういうやって少しずつ、俊樹の男の子の部分を刺激していくのだ。

 シャツのボタンを2つ外して、隣からブラが少し見えるようにして……誘惑していく。

 最後は一緒にお菓子を取りに行くフリをして、コトに及ぶつもりだ。


「〜〜……っ!」


 いざ自分の「計画」を言葉にしていくと、すっごく恥ずかしい気持ちになってしまう。

 完全に「ビッチ」になっている。

 どこかの安っぽい、えっちなビデオみたいだ。


「桐ちゃんに勝つには……仕方ない」


 あたしはクラスメイトからギャルに見られている。

 別にギャルに見られたいわけじゃない。ただ自分の好きな服を着て、好きなメイクをしていたら周りが勝手にあたしをギャル認定しただけ。

 でも今は、このギャルキャラが利用できる。

 ビッチなことしてもイメージが崩れないからだ。


「鍵を握るのは哲くんだ……」


 あたしのビッチ作戦を成功させる鍵は、哲くんにある。

 哲くんには桐ちゃんを足止めしてもらう。

 あたしと俊樹のスルのを終えるまで……


「哲くんのこと誤解していたな」


 哲くんのことはカッコいいけどバカな男の子、と思っていた。

 どっちかと言えばそういう男子は好きじゃなかった。

 だけどさっき話して、哲くんの印象は完全に変わってしまった。

 まるで別人が入れ替わったみたいに感じる……


 (そんなことあり得ないけど)


「シタあとは、交際発表しないと……」


 アイドルが一般人男子と交際するのはマズイ。

 かなり大きなスキャンダルになる。

 うちの事務所は恋愛禁止じゃないけど、ファンが離れるから所属アイドルたちは恋愛しないようにしていた。


「交際発表すれば、俊樹は逃げられなくなる」


 一般人男子との交際がバレたら、あたしのファンは半分に減るに違いない。

 だけどあたしは、ファンが半分になっても俊樹と付き合いたい。

 交際発表すれば、あたしと俊樹が付き合ってるとみんなが知ることになる。

 そうすれば、もう俊樹はあたしから逃げられない……

 交際発表で俊樹の退路を断つのだ。


「でも、一度、軍師さんに相談しよう」


 あたしは俊樹のことになると暴走してしまう。

 暴走して周りが見えなくなってなる。

 そんな時、あたしを止めてくれる人が必要だ。

 それがあたしの恋愛軍師——哲くん。


「やっぱり止められちゃうかな……」


 あたしに本音の意見をくれる人は、たぶん哲くんしかいない。

 他の学園生はみんなあたしのことを肯定する。

 でも、それは上部だけの肯定だ。

 本当にあたしのことを考えてくれてるわけじゃない。

 哲くんならあたしに率直に物を言ってくれる——なんとなくだけどそう感じた。


「また哲くんと話したいな……」


 ★


【哲彦視点】


「で、アイサちゃんとはどうだった?」


 六時間目の数学が終わって、帰りのHRの時間。

 それまでのわずか五分間。

 俺と桐葉は廊下に出て話す。


「無事に俺を信用したみたいだ」

「よかった……」

「それでアイサの作戦だが……アイサは今日の打ち上げで俊樹とスルらしい」

「えっ? スルって何?」


 桐葉は首をかしげる。

 割と直接的な表現を使ったつもりが、これでは清楚な桐葉には伝わらなかったらしい。


「えーと……ほら、大人の男女がすることで……」

「オトナ・ノ・ダンジョが……えっ? ええええええええっ?!」


 廊下で叫んでしまう桐葉。

 一気に注目を集めてしまう。

 クラスメイトも俺も、可憐な桐葉がはしたなく叫ぶところなど想像したことさえないからだ。


「ごめん。もっと婉曲に言うべきだった」


 (あれ以上遠回しに言えないけど……)


「あ、あ、あ、アイサちゃんと、俊樹が、えっちなことするなんて……し、しかも、今日っ?!」


 ぷしゅーと蒸気が上がるみたいに、顔を真っ赤にして恥ずかしがる桐葉。

 予想よりこういうことに免疫がないみたいだ。


「ちょっと落ち着いて。これからアイサの作戦の阻止する方法を考えるから」

「ふーふー……。ごめん。叫んじゃって。そうだよね。絶対に阻止しないといけないね」


 やっと落ち着いてきたみたいだ。

 顔が少しずつ白い色に戻っていく。


「とにかく、桐葉は俊樹から目を離せないでくれ。いつアイサがコトを起こすかわからないから」

「わかった。絶対に目を離さない」


 アイサは俊樹の「男子の部分」を突くつもりだ。

 つまり、男子の弱点を突く。

 それはひどく効果的に違いない。

 しかし、そこを逆手に取れば勝機はある。


「桐葉。俺に任せておいて。ちゃんと策はあるから」

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