第6話 推しのためなら何でもする

「アイサ、話があるんだ」


 五時間目の休み時間。

 俺はアイサに話しかけて、廊下に出る。


「どうしたの? 話って……?」


 クラスメイトの視線を気にしないフリをして、廊下の隅っこまで行く。

 アイサはとても目立つ。目立ちすぎる。

 アイドルをやっているから、いるだけでその場の中心になってしまう。

 

「今日の打ち上げの話だけど——」


 実は俺はすでにアイサが何をするか知っている。

 アイサは打ち上げで、俊樹に迫るつもりだ。

 もちろんエロゲだから性的な意味で……

 控え目で清楚な桐葉に対して、アイサは元気なギャルと言った感じ。

 まさに対照的なキャラだ。

 俊樹へのアピールはアイサのほうが激しい。

 ゲームでもアイサの誘惑があると選択肢が出てきて、プレイヤーをバットエンドへと引き込むのだ。

 

 (バットエンドになれば、桐葉は死ぬ……)


 俺は絶対にアイサの「計画」を止めないといけない。

 

「あたし、今日で決めるつもりだから——」

「えっ?」

「俊樹のことでしょ? 絶対に俊樹を落としてみせる。だから哲くん、協力して。お願い」


 アイサは頭を下げる。


 (ヤバい。わかっていたのか……)


 アイサは見抜いていた。

 俺と桐葉が結託していることを。

 さすが厳しい芸能界で生きてる、と言ったところか。


「桐ちゃんが哲くんを取り込んだの、なんとなく気づいてた。でも、あたしについたほうが面白いよ。あたしはどんなことしてもこの恋に勝つから」

「……」

「見透かしたようなこと言ってごめんね。でも、あたしも絶対に負けたくないからさ」


 アイサに桐葉とのことがバレていたのなら仕方ない。

 ここは俺が「二重スパイ」になろう。

 つまり——


「わかった。アイサの読み通り、俺は桐葉に言われてアイサを探りに来た」

「やっぱり、ね」

「俺はアイサにつくよ。アイサのほうが面白いと思う」

「へー意外と簡単に裏切るんだ?」


 挑発的な笑みを浮かべるアイサ。

 たしかにアイサにバレたからと言って、すぐに桐葉を裏切るようなヤツを信用できないか……


「俺は面白いほうの味方になる。俺は俺が楽しめるほうにつくよ」


 あえて自分勝手な本音を開示することで、相手の信用を得る。

 これがアイサに通用するのか——


「ふーん……なんか哲くんのこと誤解してた」

「誤解って?」

「もっと何も考えてないやつかと思ってた」

「なんだよそれ。バカだと思ってたってこと?」

「ごめん。少しそう思ってた」


 ゲームの哲彦は、残念な三枚目って感じのキャラだ。

 バカっぽいっていうのはまあ間違ってない……

 

「ますますあたしの味方にしたいって思えてきた」

「それは光栄なことで」

「じゃあ早速だけど、俊樹にあたしを選ぶよう言って」


 アイサはさらっとかなり無理なこと言う。

 もし俊樹がアイサを選べば、その時点でバットエンドだ。


「……なあ、アイサ。お前はその程度なのか?」

「へっ?」

「人気アイドルの藤丸アイサが、好きな男の親友に口添えを頼むなんて……もっと美しいやり方があるだろ?」

「…………」


 (これで行けるか……?)


 アイサは売れてるアイドル。

 人一倍努力する分、プライドも高い。

 そういうヤツには挑発するのが効果的だ。


「合格よ」

「えっ?」

「やっぱり哲くんは、あたしの味方にふさわしい」

「どういうことだ?」

「あたしが暴走した時、ちゃんと止めてくれる。ただのイエスマンは要らない。あたしがほしいのは、有能な軍師だから」


 アイサの悪手を諫めたところが評価された……みたいだ。

 とりあえず取り入ることができてよかった。


「それじゃあ改めて、握手しよ。あたしの軍師さん」

「ああ。よろしくな」


 アイサと固い握手をする。

 白くて滑らかな手だ。

 アイサはニッコリと微笑んだ。

 もちろん、俺も。


 二重スパイ作戦——成功だ。

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