第4話 戦わなければ負けることはない

「夢見が勝つ方法、それは……」

「それは?」

「戦わないことだ」

「えっ……?!」


 夢見が驚いた顔をする。


「どういうことなの?」

「夢見、お前が他の女子たちにない強みはなんだ?」

「えーと……?」


 俺にそう問われて、夢見は頭を抱える。

 俊樹が好きだという気持ちが強すぎて、現状分析をしていなかったらしい。


「夢見、お前の強みは……他の女子より若いことだ」

「ええっ? 若いって……高校生と中学生の違いだよ? そんな誤差の範囲内じゃん」

「そうじゃない。お前はまだ中学生だ。そして俺の妹。だから俊樹から一番女性として意識されていないんだ」

「やっぱり……あたし、俊樹お兄ちゃんから意識されていないんだね……」


 夢見はがっかりした表情を見せる。

 本人も自覚していたことなのだろう。

 改めて他人から言われるとショックみたいだ。


「でも、それこそが夢見の強みなんだよ。夢見は一番俊樹から意識されていない。それで今、他の女子たちは俊樹を狙っている。ここで熾烈な競争に巻き込まれたら、夢見のチャンスがなくなるんだよ」


 夢見は俊樹から女性として意識されていない。

 ただの後輩、ただの親友の妹だと思われている。

 そんな現状でヒロインレースに参加しても、夢見は負けるだけだ。

 この世界は「桐葉ルート」に入っている。

 すでに桐葉こそが「メインヒロイン」になっているのだ。

 だから今の夢見には……勝算がそもそもない。


「つまり……哲兄は、『今はタイミングが悪い』って言いたいんだね」

「そうだ。恋愛の戦略はタイミングが大事。一番自分を魅力的にアピールできる機会を伺うんだよ」

「ふーん、哲兄にしてはそれっぽいこと言うね」

「なんだよ、それっぽいって……。人が真剣にアドバイスしてるのに」

「ううん。ありがとう。哲兄のアドバイス嬉しい」


 (よかった。納得してくれた……)


 桐葉ルートでは10月の告白祭で桐葉と俊樹は付き合う。

 もちろんそこで夢見は失恋に傷つくだろう。

 その時は兄として夢見をフォローしてあげればいい。


「今は待つんだよ。夢見。戦略的待機だ。チャンスを待って仕留めればいい」

「わかった。今はあたしは待つ。それが戦略なんだね」

「そうだよ。焦ったら負けだ」

「……了解。哲兄の言う通りにするね」


 夢見は柔らかい笑みを浮かべる。

 とりあえず今は何も動かずにいてくれそうだ。


 親友キャラとしての役割を遂行できて、不思議な達成感がある。

 これも「哲彦」に転生したからだろうか。

 無事に推しと主人公が付き合ってくれたらいい。

 親友キャラはあくまで脇役だ。俺は傍観者でいい。

 

 (うん……桐葉が幸せになってくれたらそれでいい)


 ★


 朝、学園の教室。

 

 (周囲からの視線が気になるな……)


 俺は今、俊樹、桐葉、アイサと談笑している。


「哲彦、昨日のゲーム配信見た?」


 主人公の俊樹。

 エロゲの主人公らしく特徴のない顔だ。プレイヤーが感情移入できるようにするために、エロゲでは主人公は無難な造形のキャラにする。


「ふふ。俊樹って面白いね!」


 桐葉の最大のライバル、アイサ。

 設定だとロシア人と日本人のハーフ。アイスブルーの瞳と腰まで伸びる銀髪は印象が強い。まるで人形のような端正な顔。アイドルをしているから人を惹きつけるオーラがある。


「俊樹と哲彦くんって本当に仲いいね」


 桐葉が俺に笑いかけた。

 推しが元気で俺は安心する。やっぱり桐葉には笑顔が似合う。


 今、俺たちは高校生として何気ない会話をしている。

 親友キャラに転生した俺には、親友キャラにしか見えない景色が見えていた。

 まず他のクラスメイトの視線が痛い。本当に痛すぎる。

 クラスの2大美少女である桐葉とアイサが、2人の男子としゃべっているからだ。


 (男子からの視線がヤバイな……)


 当然、注目されるし男子から嫉妬もされる。

 主人公視点では見えなかった「モブキャラ」たちが今の俺に見えるのだ。

 おそらく俊樹には親友キャラの俺と、攻略ヒロインの桐葉とアイサしか見えていないはずだ。

 モブキャラなんてただの背景にすぎない――主人公とはそういうものである。


「ねえ、今日の放課後、みんなで期末テストの打ち上げしない?」


 桐葉が話題を切り出した。


「うん。賛成! みんなで打ち上げしよう!」


 アイサが桐葉の提案をうけて、元気よく返事をする。


 一瞬だが、桐葉とアイサの目が合う。

 俺は見逃さなかった。

 お互いに何か「計画」があるに違いない。

 恋愛は戦争――これはこのゲームのキャッチコピーだ。

 熾烈なヒロインレースを繰り広げるハーレムを象徴する言葉。

 戦争……つまり、恋愛で勝つためには何をしてもいいということ。

 ルールは存在しない。相手を罠に嵌めることも許される。

 そして戦争に巻き込まれる親友キャラの俺……

 

 

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