第3話 哲彦くんといるとなんだか安心する 桐葉視点

【桐葉視点】


「俊樹から返信ないなー」


 予備校の授業を受けながら、あたしはスマホをチラチラ気にしていた。

 さっき哲彦くんといたファミレスで、俊樹へLINEを送ったのだけど……


 (まだ既読になってない……)


 これって、他の女の子と電話してる?

 それとも他の女の子とデート?

 俊樹、今、何をしてるの?

 早くあたしのLINEに返信して——


「はあ……哲彦くんと話したいな」


 あたしは俊樹が好きだ。

 でも、俊樹の周りには常にかわいい女の子がいて、あたしはいつも安心できない。

 俊樹といるとドキドキするけど、なんだか振り回されている気がして時々疲れてしまう。

 そんな時、哲彦くんとファミレスで話したりするとすごく心が落ち着つくんだ。


「謎の安心効果があるんだよね、哲彦くんって……」


 あたしは講師の話を聞きながら、ポツリと呟く。

 俊樹と哲彦くんが写ったインスタを眺める。

 哲彦くんのことを考えると気が楽になった。


 まだ高1なのに、親に無理やり入れられた予備校。

 自分で言うのもアレだけど、あたしの家は割と裕福だ。

 1人娘で大事に育ててもらったと思う。

 部活も吹奏楽をやってるから朝も練習で忙しい。

 だけど、今のあたしには絶対に負けられない戦いがあるのだ。

 それは、俊樹との恋——


「俊樹はあたしを助けてくれた」


 子どもの頃、あたしは身体が小さった。

 よく近所の子どもにいじめられていた。

 そこであたしを守ってくれたのが俊樹。


「これからもずっと一緒だよね……」


 幼馴染でずっと俊樹と一緒にいたあたし。

 俊樹を好きだった時間は、他の誰よりも長い。

 だからあたしは、負けるわけにはいかないのだ。


 でも……時々どうしても疲れてしまう。

 そんな時、哲彦くんがあたしの癒しになっている。


 (あたしの心のオアシス……になってるのかな?)


 哲彦くんは、あたしが恋する俊樹の親友。

 小さな頃から俊樹と家が近所で、ずっと俊樹の友達。

 ある意味、家族を除いて1番俊樹と距離が近いのは哲彦くんだ。

 だから俊樹と付き合うためには、哲彦くんを味方にすればすごく有利になる。

 他の女の子たちも哲彦くんを狙ってるに違いない。


「あたしの哲彦くんを、誰にも渡さない」


 あたしはホワイトボードに書かれた数式を見ながら、神様に強く祈る。

 哲彦くんはあたしの心のオアシス——どうか誰にも哲彦くんを渡さないでください。

 乙女の戦いに勝つには、安心して身を休める休憩所が必要なのだ。


「あたしって都合がいいよね……ごめんなさい」


 哲彦くんを利用してるのかもしれない。

 本当に感謝はすごくしてる。

 だけどあたしが好きなのは俊樹だ。

 俊樹が好きで……いいんだよね?


「哲彦くんと早く話したいな……」


 ★


【哲彦視点】


「この家でいいんだよな……」


 俺はおそるおそる、マンションのドアを開ける。

 表札には「海堂」と書いてあった。

 「親友キャラの海堂哲彦」としての記憶を辿ると、この部屋が哲彦の自宅であるはずだ。

 

 ガチャ……


 (ていうか、哲彦の家族と言えば——)


「哲兄ーっ! 遅い……っ!」


 ツインテールで背の低い女の子が、玄関で仁王立ちしていた。

 そうだ。こいつがいるのだった。

 哲彦の妹にして、攻略対象ヒロインの海堂夢見。

 たしかキャラ設定だと中学3年で哲彦のひとつ年下のヒロインだ。


 (夢見の存在をすっかり忘れてた……)


 哲彦が存在するなら、当然、妹の夢見だって存在する。

 改めて俺は、エロゲの世界に自分が転生してしまったことを深く実感するのだった。


「哲兄のこと、ずっと待ってたんだよ? 今日は哲兄が相談に乗ってくれるんでしょ!」

「相談……?」

「もう忘れたの? 俊樹お兄ちゃんのことであたしの相談に乗ってくれるって言ったじゃん!」

「ああ……そうなのか……」


 夢見はよほど長い時間待っていたらしく、かなり怒っているみたいだ。

 若干の理不尽さを感じつつも、状況は理解できた。

 この世界はすでに「桐葉ルート」に突入している。しかし、他のヒロインたちが俊樹を諦めたわけじゃない。

 今も桐葉以外のヒロインたちが、俊樹を虎視眈々と狙っているのだ。


 このエロゲでは確定ヒロインルートに入っても、所々で他のヒロインに浮気できる選択肢を出してくる。

 もちろん他のヒロインに俊樹が浮気すれば、確定ヒロインの好感度はダウンする。

 ヒロインの好感度が一定の水準を下回ると、強制的にバットエンドへ行ってしまう仕様だ。

 そして、バッドエンド=桐葉の死。

 それならば、俺がこの世界でやるべきことは——


「悪かった。兄としてお前の相談に乗るよ」

「うん! 哲兄は俊樹お兄ちゃんの親友なんだから、いろいろアドバイスしてよね!」


 俺が玄関で靴を脱ぐと、夢見は俺の腕を掴んで引っ張って行く。

 一緒に歩くと夢見が小さくてかわいい——ということに気づく。たぶん身長は140センチくらいだ。

 胸はやや残念だが、小動物的なかわいさがある。


 (だが、妹よ。俺はお前の願いを潰さないといけない……)


 推しの桐葉を救うためには、夢見に俊樹を諦めさせないといけない。

 一方、もし俺が夢見に協力して、俊樹が夢見を好きになれば桐葉が死んでしまう。

 推しの死——無理だ。絶対に耐えられない。


「さあ、哲兄。どうしたらあたしが勝てるか教えて」


 夢見の部屋に押し込まれて、俺は正面から夢見に問われる。

 この戦いの核心的部分について——


「夢見が勝つ方法。それは——」



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