第2話 推しキャラは病んでいた

「どれどれ……どんな感じだ」


 俺は桐葉からスマホを受け取って、俊樹へ送るLINEを見る。

 スマホの画面に映っていたのは——

 

『俊樹、デートしよう。もし断ったら……あたし、死ぬから』


 「死ぬ」という言葉が、真っ先に目に入る。

 短文だから余計に怖いというか、本気度を感じる。


 (これはマズイ……)


 いくら桐葉ルートで確定ヒロインになっているとは言え、「死ぬ」なんてLINEを送れば、鈍感主人公の俊樹でもさすがに引くだろう。


「なあ……死ぬ、は良くないかもしれない」

「えっ? 俊樹のためなら死ねるよ?」


 まるで当たり前のように言う桐葉。

 当然のことすぎて俺が何を言ってるのかわからない、と言った感じで俺をじっと見つめてくる。

 さらっと「死ねる」と言えてしまうところがやはり怖くなってしまう。

 桐葉ってこんなヤンデレ属性あったけ?

 主人公の俊樹の前では常に明るくて清楚可憐なヒロインだったはずなのに……


「普通にデートしよう、でいいんじゃない?」

「そうかな? あたしは俊樹のためなら死ねるのに?」

「俺は親友だからわかるんだけど、あいつ追い詰められると逃げるところあるから」

「追い詰めてるつもりないんだけどー?」


 ヤバい。本人に自覚がないみたいだ。

 無自覚なヤンデレ、ってやつだろうか。

 ていうか、俺の知ってる桐葉と全然違うキャラになってる。


「安心して一緒にいられる女の子、みたいなポジションを目指せばいいんじゃない? 男はそういう女の子を求めてるから」

「安心して・一緒にいられる・女の子……」

「そうそう。友達みたいな彼女、がラブコメで流行ってるし」

「……何それ。哲彦くん面白いね。ふふ」


 さっきまで真剣な表情をしていた桐葉が、頬を少し緩ませる。  

 どうやら俺の言葉に説得され始めたようだ。


「哲彦くんの言う通りかも。友達みたいな彼女、を目指してみる。ていうか、まだ『彼女』にすらなっていないけど……」


 桐葉は俯いてスカートをぎゅうっと握りしめる。

 「彼女」という言葉はNGワードだった……

 まだ俊樹と桐葉は、付き合っていない。

 シナリオでは、10月に開催される文化祭最終日のイベント——告白祭で、桐葉は俊樹に告白する。 

 そこで桐葉は俊樹と付き合う……ことになる。


 ポケットに入っていたスマホで日付を見てみると、今は夏休み前の7月だ。

 夏休み前の期末テストまでが共通ルートだから、今は桐葉ルートが始まったばかりの時点にいることになる。


「哲彦くん、今年の夏休みは、勝負だと思うんだ」

「勝負……?」

「だって高校1年生の夏休みだよ。二度と来ないアオハルの時間。ここで勝負を決めないとダメだと思うの!」

「……」


 先の展開を知っている俺は、桐葉がこの夏で俊樹を手に入れることはできない、とわかっている。

 他の攻略ヒロインたちが何度も邪魔に入って、俊樹はブレまくるからだ。

 ただ、この真実を桐葉に言うことはできない。


 (さて、どうするか……とりあえず)


「そんなに焦らなくても大丈夫だよ」

「焦るよ! だって俊樹の周りにはかわいい女の子がいっぱいいるんだよ! 早くコトを起こさないと負けちゃうよ!」


 バンっと、テーブルを叩く桐葉。

 ハーレム鈍感主人公の俊樹の周りには、美少女たちがたくさんいる。

 転校生のアイドル、生徒会長のお姉さん、小悪魔な後輩、義理の妹——テンプレ美少女たちに囲まれている。

 熾烈なヒロインレースのせいで桐葉は焦っているのだろう。


(桐葉ルートに入ってるから大丈夫、と言えれば……)


 もちろんそれは言えない。


「だって、あたしが、あたしが1番、俊樹のことが好きなんだよ? 子どもの頃からずっとずっと俊樹の1番近くにいたのあたしなんだから……」


 桐葉は下を向いてスカートの裾を掴み、ぶるぶると身体を震わせる。


 幼馴染ヒロインのクソデカ感情——

 俺はこのゲームのこと、プレイヤーだったから俊樹視点のことしか知らなかった。

 ヒロイン視点ではかなりハードモードな世界らしい……


「だから哲彦くん、あたしに協力して! あたしが勝つには、哲彦くんが必要なのっ!」


 桐葉はぎゅっと俺の手を握る。

 白くて綺麗な指。まるで人形の指みたいだ。


「お願いします! 哲彦くん……っ!」


 推しキャラに真剣に頼まれて、断れるわけがない。

 推しの桐葉には幸せになってほしい。

 それに、もし俊樹と結ばれず、バットエンドになってしまえば桐葉は死んでしまう。

 絶対に回避しなければならない、破滅の未来……

 

「わかった。桐葉がそこまで言うなら、俺は協力するよ」

「本当?! ありがとう……っ!」


 泣きそうになっていた桐葉の表情が、ぱあっと明るくなる。


「哲彦くんって優しいね……。なんかね、哲彦くんといると、素の自分でいられる気がするの」

「素の自分……?」

「うん。話しやすいんだよね。なんていうか、なんだよ。哲彦くんは」

「あはは……、ね」


 俺は「親友キャラ」だからな。

 常に主人公とヒロインたちを影で応援する存在。

 報われない、ただのイイ奴……

 

「哲彦くんと付き合えたら、幸せになれるんだろうなー」

「えっ? 俺と付き合う?!」

「いや、あたしが付き合うんじゃなくて、哲彦くんと付き合える女子は幸せだなあって意味」

「あ、そういうことね……」


 すでに桐葉ルートに入ってるから、桐葉が俺と付き合うなんてあり得ないことだけど……

 推しキャラから「付き合う」とか言われると、ファンとしてはどうしても期待してしまう。


「あ、もうこんな時間。あたし塾行くから」

「おう。またな……」

「今日はありがとう。相談に乗ってくれたから、あたしが出しておくね」


 二千円をテーブルに置いて、桐葉はバダバタとファミレスから出て行った。

 座りながら手を振って、俺は桐葉を見送る。

 

 (めっちゃくちゃ疲れた……)


「次のイベントは、期末テストの打ち上げか」


 親友キャラの俺も、当然呼ばれている。

 推しを救うために俺ができることは——

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