黄色い枠

角居 宗弥

夢の中で見たもの

 人間が黄色い枠に見えてきたのは何も今日ばかりではない。先日は他人の顔がのっぺらぼうになって、徐々に人の形をも忘れて、得体のしれないドロリとしたものに変化へんげしていた。昨日はついに、動いていたあの頃の面影を完全に消し去って、一様に四角い枠へと様変わりしてしまった。

 きっとこれは毎日の弊害に違いないのである。私はもう、人を見るたびに黄色い枠に置き換えなくてはならぬ脳みその持ち主になってしまった。黄色い枠は大きさが変わる。縦横率も変わる。線の太さが変わる場合もある。だがしかし、無機質な線であることに変わりはない。唯一有機質と言えることは、これらがさも真っ当な人間かのように口をかっ開いて平然と喋っていることである。

 話すと面白いことが起こる。ある枠は大きな声で話すほどぼかしが強くなる。ある枠は長く話せば話すほど線が太くなる。ある枠は常夏の暑さに身悶えて激しく呼吸する度に角が丸くなっている。高い声を出すと赤くなりだすやつもいた。逆に低い声を出して青くなろうとするやつを、私は不思議にもどこにも見いだせなかった。

 そうは言ってもやはり枠は枠である。そしてその場に風が吹き抜けるとき、皆黙りこくって四角い黄色い枠へと戻ってゆく。話すことがなくなって散り散りになる後ろ姿もまた黄色い枠であった。転んでもまた、欠けることなく黄色い枠であった。



 本日は、完全に丸い枠がやってきた。黙する黄色い枠は、白いまるい枠に向かって微動だにせず正立している。慟するのは私唯一人であった。一人はなぜ哭するか、と訊いた。私は悲しいからだと言った。そうしたらどうして悲しいのだ、と問うた。私は丸いのが悲しい、と答えた。

 それから丸い枠がぶよぶよして聞いた。この私を受け入れるかと。私は泣き止んで応じた。よろこんで、と。


 もはや明日には、黙殺する彼ら黄色い枠もまた丸い枠になっているに違いない。彼の如くぶよぶよするに違いない。彼の如く、赤のみならず黒、白、青に変色するに違いない。彼の如くマルやシカクのみならず三角や、ついには念願の人形ひとがたにまで変化するに違いない。


 あとには、もはや人形の枠とは、有機性の欠片をも持ち合わせない無機の人ではないかしらんと、自身に問わずにいられぬ「私」が、ただ呆然と立ち尽くしている。

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黄色い枠 角居 宗弥 @grus

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