第5話 神社の中で②
この密室では“見ざる言わざる聞かざる”。
私はまるで薄いガラスの上を歩いているような感覚で、さながらキューバ危機だとか核抑止論みたいな、まぁ社会科目のことはよくわからないけど、ギリギリで均衡を保ってきた瑠夏との関係が崩壊するかもしれない気がしてきた。
ここでキスをしたって、服を脱いだって、下着を取ったって——そんな過ちがこの部屋では無かったことに出来てしまうかもしれない。
不気味なほどの沈黙が摂社に張り詰めて、今、私は瑠夏の方を見るのが怖かった。
彼女は案内文を読み終えて私の隣で鬼の木乃伊を見上げている……のかな。恐る恐る瑠夏の方を見てみると——
下唇を噛んで、右手で左手の甲をを揉みながらむず痒そうにしていて、私の視線に気付いたのか瑠夏のコバルトブルーの瞳に私が写る。
この瞬間、瑠夏が女神に見えた。キスをしたって押し倒したって抵抗しない、むしろそれを望んでいるような甘えた猫みたいな表情を浮かべて、窓から差す夕日を浴びた
*
レールの繋ぎ目を電車が通るたびに振動をお尻に感じながら私と瑠夏はボックス席で寄り添い合って、『人』の漢字みたいにお互いにもたれかかっていた。とめどない脱力感と疲労感にみまわれて、夜の景色を眺めていると夜凪に浮かぶ
瑠夏の寝顔を傍らに私は今日のことを思う。
そういえば私は人生で一度も犯罪に手を染めたことは無かったけれど、まあ大半の高校生がそうだとは思うけど、今日の摂社に何の断りもなく入ったことは立派な不法侵入だった。
あの行為は果たして鬼の木乃伊のいる空間特有の見ざる言わざる聞かざるに基づいて、無かったことに出来るのかどうか、私は考えてみる。
……ここは伝承に倣って無かったことにしてしまおう。
私はまだ一度も犯罪に手を染めたことがない純朴な女子高生として人生を歩んでく。今日の出来事は欠けたパズルのピースとして、永遠に見つからない“時の破片”として忘却の彼方に消してしまおう。
再度、私は今日のことを思う、
鬼の木乃伊がいる摂社で、秩序から切り離されたあのブラックボックスで、
私と瑠夏の間には結局、何も起こらなかった。
そういうことに、私はしておこうと思う。
もし瑠夏の視点なら、瑠夏はどう表現したのだろう……
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