第3話 電車の中で②
電車がトンネルに入ると車内は淡い黄色の室内灯だけか仄かに輝いて薄暗くなった。ほどよく人が黒い影に見える暗さ。瑠夏と私は急接近して肩と肩が当たって、擦りあって、吸い付くように密着していく。腕と足も溶け合うようにして。
瑠夏の体温。瑠夏の鼓動。瑠夏の脈流。
それが伝わる距離感になった時、私たちは互いをどうにかしてもいい。
最初に手を出したのは私だった。
それは今日誘ったのが私だからこその使命感なのか、とにかく名前の分からない原動力に押し出されるようにして私の手は瑠夏の制服のスカートの中へと入っていく。
擦れる布が私の手の甲を撫でくすぐったい。私は五本指で瑠夏の固く締まった太ももの表面に触れて、書道みたいに指先を走らせていく。
「華、あ……」
深部に行けば行くほど瑠夏の吐息は激しくなって、私の指たちはまるで埋まった宝を探すみたいに瑠夏の太ももを縦横無尽に撫でていく。
「はぁ……ん」
瑠夏が喘ぐのを我慢している。
学校では見せない艶らかで色っぽい顔。
可愛い……
もっともっと声を我慢させたくなる。
瑠夏の悶絶する顔を見て私の体の体温が上がった。
「華、私もしたい……」
我慢できなくなった瑠夏が私のスカートにも手を入れたその時だった。窓の向こう、電車の進行方向から白くて眩しい光が滲んでいく。トンネルの出口だ。
かりそめの夜は終わって明るい午後に戻る。
名残惜しさに憂いながら瑠夏と私はN極とN極が反発しあうみたいに離れて周りの目を気にした。乗客はそれぞれ外の景色を見ていたり携帯を触っていたり俯いて寝ていたり何か怪しまれるような雰囲気はまだ無いけど、通路を挟んで反対側にあるボックス席に座ってる二人、私たちと同じくらいの歳の男女二人は談笑していて私たちの席は彼らから丸見え。要注意だ。
「華、トンネル短くない?」
「2つめのとこが長いの」
「トンネルの長さも調査済みですか」
私のことを見透かすような目でニヒルに笑う瑠夏。私はちょっと恥ずかしくなって誤魔化すように咳払いをして話題を変える。
「なんかさ、寒くない?」
耐えようと思えば耐えれるけど何とかできるなら何とかしたい程度の冷風が私の頭上から降り注いで夏服の半袖から露出した腕は寒さで鳥肌が立っていた。
瑠夏も頷いて同意して、頭上にある摘めるエアコン口を調整しようとしてくれた。立ち上がってもギリギリ届かないからつま先立ちをして背一杯伸ばす。胸元に夏服が寄って瑠夏の白い肌とおへそが垣間見えた時、それは私が初めて見た瑠夏の裸体でもあった。
「華どう? 寒くない?」
「いい感じ。ありがとう」
「でも凄いよね。外は死んじゃうくらい暑いのに、ここは寒いくらい涼しい」
「エアコンが無かったら今頃電車の中で蒸し焼き」
「エアコンが無いと死ぬってことは、私たち人間はもう地球にいる資格が無いのかもしれないね」
急に壮大なことを言い始める瑠夏。
「私たち人類は既に絶滅期に突入していると?」
私もSF映画のワンシーンみたいな語り口調で言ってみる。
「うん。エアコンが延命装置になってる。ほら、スターウォーズに出てくる黒いマスクの人みたいな。シューシューって。なんだっけ、アナキン?」
「ダースベーダーでしょ」
「そうそれ!」
そんな他愛の話を紡いでいると二つ目のトンネルが見えてきて私と瑠夏に沈黙が訪れる。今度のトンネルはさっきのよりも2倍、3倍も長いのはGoogleマップで確認済み。次、私たちはどう触れ合うのか、そんな期待を抱いて、電車は私たちを薄暗い世界へと連れていく。
早速瑠夏が動き出して私の耳元に唇を寄せた。
くすぐったい声が耳を撫でる。
「華……どこがいい?」
吐息混じりの妖艶な声に私は何だってされたくなる。瑠夏ならどこを触られたって気持ち良い。けれど私は選ばないといけない。理性に基づいだ常識の
「太ももと……耳」
私はそう答えた。太ももを選んだのは単純にさっきの続きをして欲しかったから。耳を選んだのは瑠夏の声が耳に触れた時、私の耳は敏感になって、瑠夏をもっと求めたからだった。
「いいよ」
瑠夏は私の要望に、熱望を了承して私の太ももをソフトに、なぞるようにして触っていく。裏側に行くにつれて私の両足は淫らに開いて力が抜ける。私はこのまま椅子のシートに溶けて染み込んでしまいそうだった。
「……華、どう?」
「耳好きかも……」
「じゃあ、いれてあげる」
耳の中に電撃が走った。
瑠夏の暖かくて固くて柔らかい表面をしたものが私の耳の穴に入ってくる。
「や……」
恍惚と歓喜の声が漏れて私は虜になっていた。
奥に奥に瑠夏の指が。それは往復して何度も私の耳を感じさせる。
挿したり抜いたりを繰り返す瑠夏。
ゾクゾクして頭がおかしくなっちゃいそう……
「瑠夏……そんなのどこで覚えたの?」
「華のエロい顔見て思いついた」
「瑠夏の変態発明家」
「ふふ、バカになってる華かわいい」
瑠夏の指の入れ挿しは段々激しくなってきて私はよだれを垂らしてしまいそうなくらいに顔が緩々になっていく。
「瑠夏だめ……それ声でちゃいそう」
「いいよ。だして」
「……!」
声を出すのを極限まで我慢した結果、電気ショックでも食らったみたいに体が跳ねて、瑠夏の唇を奪いたくなってしまった私は瑠夏の顔を抱き寄せた。私の負けだ。
瑠夏は私の唇に人差し指を添えて私を制止。ゲームの終わりを告げる。
「“散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ”」
いつルールブックに刻んだのか覚えていないけど、どちらかが一線を越えようとした時はこのまじないを、戒めのように唱えて相手を止める。引用元は明智光秀の娘、細川ガラシャの辞世の句。
私たちは互いに知っている。痛いほど知っている。一線を越えた果てにあるのは終焉であることを。肉体関係という概念は繋がりを腐らせて互いを不幸にする。私たちはそうはしない。この甘美で危険な関係をギリギリのところで保つ。それが私たちの、“傷者たち”の清らかな美学。
「華、まだトンネル二つ目なのに、早い」
「三つ目は私が攻めるから」
瑠夏の表情からは余裕が消えて、彼女は唾を飲んだ。勝敗の累計でいえば僅差で私が負けている。
もっと屈服した瑠夏を見たい。
願望を叶えさせるように最後のトンネルが現れた——その時だった。私たちは息の根が止まるくらい驚いて胸を刺された思いをすることになる。
トンネルに入って最後の暗転を迎えたその時、車両と車両を繋ぐ連結部分の扉が半ば強めに開いて外の激しい音たちが中に溢れた。扉を開けた男の呼吸は些か荒く、その正体が車掌だと分かった時、私たちは心臓を掴まれた思いだった。
車掌は叱責とは言わずとも怒りを押し殺した冷淡なる口調で一喝する。
「お客さん、車内でそういう行為は困ります。一応カメラあるんで」
明かされる監視カメラ。
凍りつく私と瑠夏。
もうここがどこだっていいから電車から飛び降りたい気分。
気まずぎる。
とにかく謝罪をしないとと唇を震わせた時、薄暗さに慣れた目が、車掌の視線が私たちではなくて隣のボックス席に向いていることに気が付いた。
そこは私たちと同じくらいの歳のカップルがいる席。二人はサーチライドで見つけられた泥棒みたいに固まって、目に映った二人の態勢に私は度肝を抜かれた。
着座する男に跨るようにして抱きついている女の子。スカートのカーテンがお互いの下半身を隠しているから二人が何をしていたかはあくまで想像の域。
私と瑠夏は概ね、あの二人の蛮行のおかげで、予期せぬ囮を盾にして助かったという訳だ。
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