オリンピック開催国の悪役令嬢
六野みさお
第1話 選手宣誓を聞く令嬢
「「宣誓!」」
右手を高く上げて、若い男女が壇上で叫び始めた。
「「我々ブライアン王国の選手一同は、日頃の練習を支えていただいている皆さんに感謝するとともに、王国の一員としての誇りを胸に、勝利を目指して全力で戦うことを誓います!」」
歌手と紹介されても疑わないほどの綺麗なユニゾンで宣誓を終えた男女の選手に、ブライアン王国の第一王女であるセリーナ・ブライアンは拍手を送った。そのまま立ち上がり、さっき男女の選手が宣誓した壇上の反対側に立つ。
「剣術代表のジョージ・ライアン選手、水泳代表のドロシー・ウォーターズ選手、素晴らしい宣誓をありがとうございました。今年は50年ぶりにブライアン王国でオリンピックが開催されるということで、選手の皆さんが慣れた気候というアドバンテージを生かして活躍されることを祈っております。私自身も生まれて初めての自国開催のオリンピックですので、気軽に生で観戦できることに興奮しているところです。改めて、選手の皆さんの健闘を祈ります。本日は暑い中、また開幕直前の重要な時期に時間を割いてこの結団式にお集まりいただき、ありがとうございました」
選手たちと広場に集まった観客たちの拍手を受けながらセリーナは降壇し、そしてすぐに黒塗りの車に乗り込む。住民と観光客であふれ返っている王都ロダンの大通りを走らせながら、セリーナは側近に質問する。
「ジダン帝国皇帝の到着はいつになりそう?」
「もうすぐです。実のところ、時間はギリギリなのですよ、王女殿下ーースポーツ大臣の挨拶が長引きやがりましたのでね。いいですか、くれぐれも失礼のないように」
「わかっているわ」
慣れた手つきで髪を結い直しながら、セリーナは側近に答える。若干16歳でありながら、次期国王候補に早くも目されているほど聡明と評判のセリーナからすれば、外国の貴人を接待することなど日常茶飯事である。
「まあ、とにかく相手があのジダンの皇帝であるということをお忘れなきよう。それから、ノーラン共和国の大統領とルシファー王国の第二王子も同時に到着されるようですので、そちらもよろしくお願いします。さて、そろそろ着きますよ」
車は王都一の港といわれるサットン港に乗り入れ、セリーナが車を降りると、ちょうど海の向こうから船団が近づいてくるところだった。
「ルシファー王国ですな。50年前よりも船の数が増えているようで」
そんなことを呟いている老側近を聞き流しつつ、セリーナは船を見守る。すぐに船は着眼し、十歳になるかどうかという年齢の少年が下りてくる。彼がルシファー王国第二王子のグラメグ・ガッシャロである。セリーナはさっとグラメグの前に出てお辞儀をした。
「ルシファー王国第二王子グラメグ・ガッシャロ殿下とそのご一行様、このたびはブライアン王国へようこそお越しいただきました。ルシファー王国は伝統的に水泳が強いということで、その泳ぎを楽しみにしています。さあ、どうぞこちらへ……」
セリーナはグラメグの手を取って、さっき乗ってきた車とは違う、少し大きめの車へ案内する。
「しばらくこちらの車の中でお待ちください。グラメグ殿下は他の数人のお客様と一緒に移動していただきます」
グラメグを車に乗せ、セリーナが港に戻ると、ちょうどパン! と軽い音がして、ノーラン共和国大統領のケリー・ヘンストリッジとその側近たちが出現したところだった。ケリーは右手を上げて、旧友に会ったかのような気さくな態度でセリーナの方へ近づいてきた。
「セリーナ殿下、このたびはわざわざのお出迎えありがとうございます。セリーナ殿下とお会いするのは去年の殿下の外遊以来ですが、少し背が伸びられましたかな? どちらにせよ、またすぐに殿下にお会いできたことをうれしく思います」
自然な動作で握手を求めてくるケリーに応じつつ、セリーナは「いえいえ、大統領もお変わりなさそうで何よりです」と返す。ケリーはあたりをちらりと見渡して、不思議そうな顔をした。
「あれ、マヒト陛下はまだですかな? 私はマヒト陛下と同じ車に乗ることになると聞いているのですが……」
「いえ、私もこの時間だと……しかし、あのマヒト陛下のことですから、何か私たちをあっと驚かせることをやってくるのではないかと……」
セリーナがなかなか現れないジダン帝国皇帝マヒト・ジダンを少し警戒し始めたとき、セリーナとケリーの頭上でパンパカパンパーン! と大音量のトランペットが鳴り響いた。
「「げっ!!」」
セリーナとケリーが慌てて上を見上げると、ちょうど紫のマントを羽織ったジダン帝国皇帝マヒトがトランペットを空高く放り投げ、ゆっくりと降下してくるところだった。
オリンピック開催国の悪役令嬢 六野みさお @rikunomisao
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