第10章:光の街のクリスマス

 12月24日、クリスマスイブの夜。瑠璃と葵は、博多駅前のイルミネーションを見に出かけることにした。冬の寒さが身に染みる中、二人は厚手のコートを着込んで家を出た。


「ねえ葵、わくわくするわ」瑠璃が息を白く吐きながら言った。


「うん、きっと素敵な夜になるよ」葵は瑠璃の手を優しく握り返した。


 博多駅前に到着すると、そこには息を呑むほどの光景が広がっていた。無数の電飾が街路樹や建物を彩り、まるで別世界のような空間を作り出していた。


「綺麗……」瑠璃が感嘆の声を上げる。


「本当だね。札幌のホワイトイルミネーションを思い出すよ」葵もしみじみと言った。


 その言葉に、二人は札幌時代を思い出した。学生だった頃、大通公園のイルミネーションを見ながら将来を語り合ったこと。その時は、まさか博多で新しい人生を歩むことになるとは想像もしていなかった。


 二人は手を繋ぎながら、ゆっくりと光の街を歩いた。道行く人々の笑顔や、カップルたちの幸せそうな様子を見ながら、自分たちの幸せを噛みしめる。


 キャナルシティに到着すると、そこでは幻想的な噴水ショーが行われていた。色とりどりの光に彩られた水が空高く舞い上がり、クリスマスソングに合わせて踊るように動く。


「葵、見て! 本当に魔法みたい」瑠璃が子供のように目を輝かせた。


 葵は瑠璃の横顔を見つめ、深い愛情を感じていた。そして、ショーが終わりに近づくと、葵は静かに瑠璃の方に近づいていった。


「え? 葵?」


 瑠璃が驚いた様子で葵を見つめる。


「瑠璃」


 葵の手が震えているのがわかった。小さな黒いベルベットの箱を取り出すと、彼女はゆっくりと瑠璃の前に片膝をついた。キャナルシティの噴水ショーの光が、二人を柔らかく照らしている。


 葵の声は少し震えていたが、瞳には強い決意が宿っていた。


「君と出会ってから、僕の人生は色鮮やかになった。札幌での日々、そして今の博多での生活。すべての瞬間が、君と一緒だったから特別なんだ」


 葵は深呼吸をして続けた。


「これからも、一生君と一緒にいたい。瑠璃、僕と結婚してくれませんか?」


 そう言って、葵はゆっくりと箱を開けた。中には、繊細な白金の台座に留められた、小さくも輝きを放つダイヤモンドの指輪が収まっていた。その輝きは、二人の未来を象徴するかのように、周囲の光を集めて煌めいていた。


 瑠璃は息を呑んだ。

 彼女の目に涙が浮かび、言葉を失ってしまった。周りの人々が状況に気づき始め、二人を中心にして人だかりができ始めた。温かい視線と期待に満ちた空気が、二人を包み込んでいく。


「葵……」


 瑠璃はようやく震える唇から言葉を絞り出した。彼女の目には喜びと驚き、そして深い愛情が溢れていた。


「もちろん、喜んで」


 その言葉を聞いた瞬間、葵の顔に安堵の表情が広がった。彼女はゆっくりと立ち上がり、瑠璃を優しく抱きしめた。二人の体が触れ合った瞬間、周囲から大きな拍手が沸き起こった。


「おめでとう!」

「素敵な二人だね」

「幸せになってね」

「憎いね、にいちゃん! ……あれ、ねえちゃん?」

「おめでとう!」


 見知らぬ人々の祝福の言葉が、二人を包み込む。葵は丁寧に瑠璃の左手を取り、その薬指にゆっくりと指輪をはめた。ぴったりと馴染むその指輪は、まるで最初からそこにあるべきだったかのようだった。


 瑠璃は自分の手を見つめ、また葵の顔を見上げた。言葉では表現できない感情が、彼女の中で渦巻いていた。喜び、感謝、そして未来への期待。全てが一度に押し寄せてきて、彼女は再び言葉を失ってしまった。


 葵は瑠璃の頬に優しく手を添えた。


「愛してるよ、瑠璃」


 瑠璃もまた、葵の手に自分の手を重ねた。


「私も愛してるわ、葵」


 二人はゆっくりと顔を近づけ、優しくキスを交わした。その瞬間、周囲からは歓声と共に、さらに大きな拍手が沸き起こった。キャナルシティの噴水が、まるで二人の愛を祝福するかのように、色とりどりの光を放ちながら高く舞い上がる。


 二人はその愛を確かめるように、しっかりとお互いを抱きしめた。



 帰り道、二人は興奮冷めやらぬ様子で歩いていた。


「ねえ葵、私たち、これからどんな人生が待っているのかしら」瑠璃が夢見るように言った。


「さあ、どんな未来が待っているかわからないけど」葵は優しく微笑んだ。「君と一緒なら、どんな困難も乗り越えられるよ」


 二人は互いに寄り添いながら、冬の博多の街を歩いた。


 家に帰り着いた瑠璃と葵は、興奮冷めやらぬまま、リビングのソファに腰を下ろした。二人の手には、まだお互いの温もりが残っていた。


「ねえ葵、まだ夢を見ているような気がするわ」瑠璃が頬を赤らめながら言った。


 葵は優しく微笑み、瑠璃の手を取った。「僕も信じられないくらい幸せだよ。でも、これは夢じゃない。僕たちの新しい人生の始まりなんだ」


 二人は静かに見つめ合い、そっと唇を重ねた。柔らかな口づけの中に、これまでの思い出と、これからの希望が詰まっていた。


 二人は再び抱き合い、幸せな沈黙に浸った。しばらくして、瑠璃がふと思い出したように言った。


「ねえ葵、覚えてる? 私たちの学生時代、最後のクリスマスを過ごした時のこと」


 葵はにっこりと笑った。「もちろん。小さなアパートで二人きりのパーティーをしたんだよね」


「そう、あの時私たち、将来について不安と期待でいっぱいだったわ」


 二人は黙ってしばらく、学生時代の思い出を反芻していた。初めて出会った大学のキャンパス、一緒に乗り越えた就職活動、そして札幌、博多への引っ越しを決意した瞬間。それらの記憶が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇ってくる。


「でも見てよ、葵」瑠璃が優しく言った。「私たち、ここ博多で本当に幸せな生活を築けたわ」


 葵は頷きながら、瑠璃を抱きしめた。「うん、君と一緒だったから、全てが特別な思い出になったんだ」


 窓の外では、まだクリスマスのイルミネーションが輝いていた。瑠璃と葵は、これからも二人でたくさんの思い出を作っていくのだろうと、胸を躍らせた。


 そして、新たな人生への期待を胸に、二人は再び優しくキスを交わした。博多での生活は、まだ始まったばかり。これからどんな素晴らしい経験が待っているのか、二人は想像を膨らませながら、互いの手をしっかりと握り締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る