第8章:おでんと秋の味覚
秋も深まり、博多の街は紅葉の色づきが始まっていた。瑠璃と葵は、地元商店街で開かれる「秋の味覚祭り」に参加することにした。
祭りの朝、二人は早めに起き出し、軽い朝食を取りながら今日の予定を確認していた。
「葵、楽しみね。博多の秋の味覚がたくさん楽しめるんでしょ?」瑠璃が目を輝かせて言った。
「うん、特に『がめ煮』と『ぬか炊き』が楽しみだよ」葵も笑顔で答えた。
商店街に到着すると、そこは既に多くの人で賑わっていた。二人は手を繋ぎ、屋台を巡り始めた。
最初に立ち寄ったのは、地元の八百屋さん。店主は親切に、旬の野菜の選び方を教えてくれた。
「このごぼうはね、しっかりした太さで、まっすぐなものを選ぶとですよ」
瑠璃は熱心にメモを取り、葵は興味深そうに野菜を手に取っていた。
次に訪れたのは、名物のおでん屋台。博多おでんの特徴である牛すじや厚揚げの香りが、二人の食欲をそそった。
「いらっしゃい!」屋台主が声をかけてきた。「お二人さん、博多おでんは初めてね?」
「はい」瑠璃が答えた。「教えていただけますか?」
屋台主は嬉しそうに博多おでんの特徴を説明し始めた。瑠璃と葵は、その話に聞き入りながら、熱々のおでんを頬張った。
「美味しい!」瑠璃が感動の声を上げる。
「うん、札幌のおでんとは全然違うね」葵も同意した。
その言葉に、二人は学生時代を思い出した。学生時代、寒い夜に屋台のおでんで体を温めたこと。就職活動の不安を紛らわすため、おでんを食べながら語り合ったこと。懐かしい記憶が蘇ってくる。
「ねえ葵、私たち、ずいぶん遠くまで来たわね」瑠璃がしみじみと言った。
「そうだね。でも、一緒だから乗り越えられたんだと思う」葵が瑠璃の手を優しく握った。
おでんを楽しんでいる最中、葵が何やら密かに準備していることが周囲に漏れ聞こえてきた。
「あんた、瑠璃ちゃんに内緒でプレゼント準備しよっちゃろ?」
屋台の女将が興味深そうに尋ねた。
葵は驚いて口ごもった。
「え、どうして……」
「この前、あんたば宝石屋で見かけたけんね。あんときゃ、えらい頑張っとったねえ」
葵は慌てて唇に人差し指を当てて「しー! しー!」という身振りをする。
「こりゃ失礼したばい」
女将はおどけた様子でぺろりと舌を出した。
そんなやりとりに、瑠璃は気づかないふりをしながらも、内心期待に胸を膨らませていた。
二人は屋台を堪能して帰路についた。
◆
瑠璃と葵はベランダに出て、秋の夜空を眺めていた。心地よい夜風が二人の頬を撫でる。
二人は黙ってしばらく、札幌での思い出に浸っていた。大通公園で紅葉を見ながらコーヒーを飲んでいた景色が、まるで昨日のことのように蘇ってくる。
二人は改めて、時の流れと自分たちの成長を実感した。札幌での思い出は大切だが、今の博多での日々もかけがえのないものになっている。
「瑠璃」葵が真剣な表情で瑠璃の目を見つめた。「僕たち、ここでずっと一緒にいられるかな」
瑠璃は少し驚いたが、すぐに優しい笑顔を浮かべた。「もちろんよ。私たちの未来は、ここ博多にあるわ」
その言葉に、葵の表情が柔らかくなる。二人は静かに抱き合い、長いキスを交わした。
夜更けになり、部屋に戻った二人は、買ってきた秋の食材を整理しながら、明日の料理の計画を立て始めた。
「ねえ葵、明日は "がめ煮" を作ってみない?」瑠璃が提案した。
「いいね。博多の味をもっと知りたいな」葵も嬉しそうに答えた。
料理の話をしながら、二人の関係がさらに深まっていくのを感じる。博多での生活が、二人の絆をより強固なものにしていることを実感していた。
就寝前、葵は密かにタンスの奥に隠したプレゼントの箱を確認した。瑠璃への思いを込めたそのプレゼントを、いつ渡そうか考えながら、葵は幸せな気持ちで瑠璃の横に横たわった。
窓の外では、秋の風が優しく街を包み込んでいた。瑠璃と葵は、これからもこの街で多くの思い出を作っていくのだろうと、胸を躍らせながら眠りについた。明日への期待と、今日の幸せな思い出を胸に、二人の新しい章がまた一歩、前に進もうとしていた。
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