第7章:おくんちの準備
9月に入り、博多の街は少しずつ秋の気配を感じさせ始めていた。瑠璃と葵は、筥崎宮の
「葵、私、巫女の衣装作りを担当することになったの」瑠璃が興奮気味に報告した。
「それはすごいね! 僕もまた神輿担ぎの練習に参加することになったよ」葵も嬉しそうに答えた。
準備が始まると、二人はそれぞれの役割に没頭していった。葵は地元の年配者から神輿の歴史や作法を学び、瑠璃は熟練の裁縫師から細やかな技術を教わった。
ある日の夕方、練習を終えた葵が瑠璃の作業場を訪れた。
「瑠璃、どう? 進んでる?」
瑠璃は集中していた作業から顔を上げ、優しく微笑んだ。「ええ、少しずつだけど。でも、この技術を身につけるのは本当に難しいわ」
葵は瑠璃の横に座り、彼女の作業を見守った。「君なら絶対にできるよ。僕はそう信じてる」
瑠璃は葵の言葉に勇気づけられ、再び針を手に取った。
その夜、二人は自宅のベランダで涼みながら、札幌時代を思い出していた。
「ねえ葵、私たち札幌にいた頃、こんな伝統的な祭りに参加したことなかったわね」瑠璃がしみじみと言った。
「そうだね。札幌にも素敵な祭りはあったけど、こんなに深く関わることはなかったな」葵も懐かしそうに答えた。
二人は札幌での思い出を語り合いながら、博多での新生活がいかに充実したものになっているかを実感していた。
「でも」葵が静かに言葉を継いだ。「札幌での経験があったからこそ、今の私たちがあるんだと思うんだ」
瑠璃は頷きながら、葵の手を握った。「そうね。過去があるから、今の幸せがより輝いて見えるのかもしれない」
祭りの前日、二人は自分たちの成長を感じながら、明日への期待に胸を膨らませていた。
「葵、明日が楽しみ」瑠璃が目を輝かせて言った。
「うん、きっと素晴らしい日になるよ」葵も笑顔で答えた。
二人は互いに寄り添い、静かにキスを交わした。その口づけには、これまでの努力と明日への希望が込められていた。
窓の外では、祭りの準備に忙しい人々の声が聞こえてきた。瑠璃と葵は、これからもこの街で多くの思い出を作っていくのだろうと、胸を躍らせた。
祭りの朝、瑠璃と葵は早くから起き出した。空には薄い雲が広がり、程よい涼しさが漂っていた。
「葵、緊張する?」瑠璃が朝食を準備しながら尋ねた。
「少しね。でも、それ以上にわくわくしているよ」葵は笑顔で答えた。
二人は軽く食事を済ませると、それぞれの持ち場へと向かった。瑠璃は巫女の衣装を最終チェックし、葵は神輿担ぎの仲間たちと合流した。
祭りが始まると、筥崎宮は活気に満ちあふれた。瑠璃は美しい巫女の衣装に身を包み、厳かな雰囲気の中で儀式を執り行った。一方、葵は力強く神輿を担ぎ、街中を練り歩いた。
「せーの!」掛け声と共に、葵たちは神輿を高々と掲げた。
沿道では、瑠璃が儀式を終えて駆けつけ、熱い声援を送っていた。「頑張って、葵!」
神輿が通り過ぎた後、瑠璃は地元の人々と交流を深めていった。お年寄りから祭りの由来を聞いたり、子供たちと一緒に踊ったりしながら、博多の温かさを肌で感じていく。
夕暮れ時、疲れきった二人が再会した。汗と興奮で顔を赤らめた葵を見て、瑠璃は思わず微笑んだ。
「葵、本当にかっこよかったわ」
「ありがとう。瑠璃も凛々しくて美しかったよ」
二人は静かに見つめ合い、そっと手を取り合った。周りの人々から温かい視線が注がれる中、瑠璃と葵は深い絆を感じていた。
夜、自宅に戻った二人は、ベランダで涼みながら今日の出来事を振り返っていた。
「ねえ葵、私たち、本当に博多の一員になれた気がするわ」瑠璃がしみじみと言った。
「うん、そう思う。この街で、新しい人生を歩み始めているんだね」葵も同意した。
二人は黙ってしばらく、博多の夜景を眺めていた。
やがて互いの温もりを感じながら、静かにキスを交わした。その口づけには、これまでの思い出と、これからの希望が詰まっていた。
窓の外では、祭りの余韻が街全体を包み込んでいた。瑠璃と葵は、この放生会を通じて、博多との絆がさらに深まったことを実感していた。そして、これからもこの街で多くの思い出を作っていくのだろうと、胸を躍らせながら、新たな明日への期待を胸に秘めて眠りについた。
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