第12章:「モイワ山スキー場」
3月上旬、冬の名残がまだ感じられる札幌。葵と瑠璃は、モイワ山スキー場でスキーを楽しむことにした。
「本当に大丈夫?」瑠璃が少し不安そうに尋ねる。
「大丈夫だよ。ゆっくり教えるから」葵が優しく微笑みかける。
二人はリフトに乗り、山頂へと向かった。眼下に広がる札幌の街並みに、瑠璃は息を呑んだ。
「綺麗ね……」
「うん、最高の景色だ」葵も感動した様子で答える。
「ねえ、葵。この景色、秋に定山渓で見た紅葉を思い出すわ。あの時とは全然違う風景なのに、同じように心が震えるわ」瑠璃が感慨深げに言った。
「そうだね。札幌は四季折々の美しさがあるんだ」葵も同意した。
山頂に着くと、葵は瑠璃にスキーの基本を教え始めた。
「まずは、こうやって立つんだ」葵が見本を見せる。
「こう……?」瑠璃が真似をするが、少し不安定だ。
葵は瑠璃の腰に手を添え、優しくサポートする。その温もりに、瑠璃の頬が少し赤くなった。
「ゆっくりでいいから、滑ってみよう」
二人は初心者コースをゆっくりと滑り始めた。最初は転びそうになる瑠璃を、葵が支えながら滑る。
「できたわ!」瑠璃が嬉しそうに声を上げる。
「うん、上手だよ」葵も笑顔で応える。
何度か練習するうちに、瑠璃も少しずつコツをつかんでいった。
しかしふとしたはずみでに二人は同時に転んでしまった。葵に覆いかぶさってしまった瑠璃は思わず赤面してしまう。
冷たい雪の感触と葵の体温が、瑠璃の感覚を鋭敏にさせた。二人の呼吸が重なり、白い息が混ざり合う。瑠璃の長い髪が葵の顔にかかり、その先端が雪に触れて細かな結晶を作る。葵の腕が瑠璃の腰に回り、転倒の衝撃から守ろうとする。
「大丈夫?」葵の声が耳元で優しく響く。
「う、うん……」瑠璃の返事は掠れ、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
顔を上げた瑠璃の瞳と葵の目が合う。距離が近すぎて、お互いの睫毛の動きまで見えるほどだ。葵の吐息が頬にかかり、瑠璃は思わずぞくりとする。
瑠璃の頬が徐々に赤く染まっていく。寒さのせいだけではない。葵との密着した状態が、彼女の全身を熱くしていた。雪の冷たさと体の熱さが対照的で、その感覚が瑠璃の意識をさらに混乱させる。
「あの……」瑠璃が何かを言おうとするが、言葉が喉につまる。
葵は瑠璃の困惑した表情を見て、優しく微笑んだ。その笑顔に、瑠璃の心臓はさらに激しく鼓動を打つ。
周囲の人々の視線を感じ、瑠璃はますます赤面する。しかし、不思議と恥ずかしさよりも、葵との親密さに心地よさを覚えていた。
「立てる?」葵が静かに尋ねる。
「え、ええ……」瑠璃が答えるが、体は動かない。
葵はゆっくりと体を起こし、瑠璃を抱き起こすように立ち上がる。二人の体が離れる瞬間、瑠璃は少しだけ寂しさを感じた。
立ち上がった後も、二人の手は自然と繋がったままだった。瑠璃は顔を伏せたまま、照れくさそうに髪を耳にかける。
「ごめんね、上手く支えられなくて」葵が申し訳なさそうに言う。
「ううん、私こそごめんなさい。重かったでしょう」瑠璃が小さな声で返す。
葵は瑠璃の手を優しく握り締める。「全然。瑠璃は軽いよ」
その言葉に、瑠璃の顔がさらに赤くなる。
二人は再び滑り始めるが、瑠璃の心臓の鼓動はなかなか落ち着かない。転んだ瞬間の葵との密着感、彼女の体温、優しい眼差し。それらの記憶が、瑠璃の頭の中でぐるぐると回り続けていた。
「葵、このスキー場にも温泉があるんだって。帰りに入ってみない?」顔を紅らめながら瑠璃が提案した。
「いいね。定山渓の時みたいに、疲れを癒せそうだ」葵も賛成した。
休憩時間、二人はスキー場のカフェでホットチョコレートを飲みながら、札幌での1年を振り返った。
「あっという間だったね」葵がつぶやく。
「そうね。でも、たくさんの思い出ができたわ」瑠璃が優しく微笑む。
夕方、二人は再びリフトに乗り、山頂へ。夕日に照らされた札幌の街が、オレンジ色に輝いていた。
「ねえ、葵」瑠璃が突然呼びかける。
「ん?」
「ありがとう。あなたがいてくれたから、この1年楽しく過ごせたわ」
葵は瑠璃の手を取り、そっと引き寄せた。
「僕こそ、瑠璃と一緒で幸せだよ」
夕日を背に、二人はゆっくりと顔を近づけ、優しくキスを交わした。
「来年も、その次も、ずっと一緒だよ」葵がささやく。
「うん、約束ね。あの時、札幌に来る決断をして本当に良かったわ」瑠璃が応える。
二人は手を繋ぎ、夕暮れのゲレンデをゆっくりと滑り降りた。
スキー場を後にする前に、二人は温泉に立ち寄った。湯船に浸かりながら、これからの札幌での生活について語り合う。
「ねえ、葵。来年はどんな新しいことにチャレンジしようかしら」瑠璃が尋ねた。
「そうだね。もっと地域のイベントに参加したり、札幌の文化をより深く知るのもいいかもしれない」葵が答えた。
この1年で深まった二人の絆は、これからも札幌の四季と共に、さらに強く、美しく育っていくことだろう。新たな春を迎える準備は、もう整っていた。
帰り道、二人は窓の外の雪景色を眺めながら、静かに手を握り合った。札幌での新生活は、まだ始まったばかり。これからも二人で一緒に、この街で新しい思い出を作り続けていくのだった。
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