第9章:「さっぽろ菊まつり」

 11月上旬、肌寒さが増してきた札幌。葵と瑠璃は、大通公園で開催されているさっぽろ菊まつりを訪れることにした。公園に足を踏み入れると、色とりどりの菊の花が二人を出迎えた。


「わぁ、こんなにたくさんの種類があるのね」瑠璃が驚いた様子で言う。


「本当だね。菊って奥が深いんだな」葵も感心しながら、展示を眺める。


 二人は手をつないで、ゆっくりと会場を巡り始めた。大輪の菊、小さな菊、様々な色や形の菊が、美しく展示されている。白や黄色、紫、赤など、多彩な色彩が秋の陽光に輝き、まるで虹のような美しさだった。


「ねえ、葵」瑠璃が立ち止まって言った。「そろそろ1年が経つのよね、私たちが札幌に来てから」


 葵はハッとした表情を浮かべる。「本当だ。早いものだね」


 二人は菊を眺めながら、この1年を振り返り始めた。引っ越しの時の不安、新しい環境への戸惑い、そして少しずつ札幌の生活に馴染んでいった日々。


「大変なこともあったけど、楽しいことの方が多かったよね」葵が優しく微笑む。


「ええ、葵と一緒だったから乗り越えられたのよ」瑠璃も笑顔で返す。


 そんな二人に、年配の男性が声をかけてきた。


「お二人さん、菊に興味があるのかい?」


「はい、とても綺麗で感動しています」瑠璃が答える。


 男性は菊作りの達人で、菊を育てる喜びや難しさを熱心に語ってくれた。


「花を育てるのは大変だけど、その分だけ愛着が湧くんだよ。人間関係も同じだね」


 男性の言葉に、葵と瑠璃は思わず顔を見合わせた。その瞬間、二人の目には互いへの深い愛情が浮かんでいた。


 話を聞いているうちに、瑠璃の目が輝きだした。


「ねえ、葵。私たちも菊を育ててみない?」


 葵は少し驚いたが、すぐに笑顔になった。「いいね。一緒に育てよう」


 二人は菊の苗を購入し、来年の菊まつりに自分たちの育てた菊を展示することを目標に決めた。


 帰り道、瑠璃が言った。「花を育てるように、私たちの関係も大切に育てていきたいわ」


 葵は瑠璃の手をそっと握り、「うん、一緒に頑張ろう」と応えた。


 二人は互いの目を見つめ合い、人目を気にしながらもそっとキスを交わした。秋の夕暮れの中、二人の心には新たな希望の種が蒔かれていた。


 この瞬間、葵と瑠璃は、自分たちの関係が菊のように美しく咲き誇ることを静かに誓い合った。札幌での生活は、二人にとってかけがえのない宝物になりつつあった。


第10章:「札幌ホワイトイルミネーション」


 12月上旬、札幌に冬の訪れを告げるように、街はイルミネーションで彩られ始めた。葵と瑠璃は、大通公園で開催される札幌ホワイトイルミネーションを見に出かけることにした。


「寒いね」葵が息を白く吐きながら言った。

「でも、この寒さがイルミネーションをより美しく見せるのよね」瑠璃が返す。


 二人は厚手のコートに身を包み、マフラーを巻いて公園に向かった。瑠璃の首に巻かれたマフラーは、葵が編んだものだった。


「ねえ、葵。このマフラー、とても暖かいわ。ありがとう」瑠璃が優しく微笑んだ。

「よかった。瑠璃に似合うように一生懸命編んだんだ」葵も嬉しそうに答えた。


 辺りが暗くなり始めると、一斉にイルミネーションが灯り、幻想的な光景が広がった。


「綺麗……」瑠璃が息を呑む。

「まるで別世界だね」葵も感嘆の声を上げる。


 木々や建物に取り付けられた無数の電球が、夜空に輝く星のように煌めいている。二人は手を取り合い、ゆっくりと歩き始めた。


「ねえ、葵。私たちの初めての札幌の冬ね」瑠璃が言う。

「うん、楽しみだね。雪まつりとか、スキーとか」


 そんな会話をしていると、近くでボランティア活動をしていた方が声をかけてきた。


「お二人さん、札幌のイルミネーションはいかがですか?」

「とても素敵です」葵が答える。

「実はこのイルミネーション、50年以上の歴史があるんですよ」


 ボランティアの方は、イルミネーションの歴史や、毎年のテーマ、市民の協力など、様々な話を聞かせてくれた。


「そういえば、春にライラックまつりで出会った方も、札幌の四季の素晴らしさを教えてくれましたね」瑠璃が葵に向かって言った。

「そうだね。札幌の人たちは本当に自分たちの街を愛しているんだな」葵も頷いた。


「このイルミネーションは、寒い冬を明るく過ごすための市民の願いが形になったものなんです」


 その言葉に、葵と瑠璃は深く感銘を受けた。


 歩いているうちに、瑠璃が寒さで少し震え始めた。葵はそっと自分のマフラーを外し、瑠璃の首に巻いてあげた。


「大丈夫?」

「ありがとう、葵」瑠璃が頬を赤らめる。


 二人の距離がさらに縮まり、互いの体温を感じながら歩を進めた。イルミネーションの光が二人を優しく包み込む。


「来年も一緒に見に来よう」葵がつぶやく。

「うん、約束ね」瑠璃が応える。


 帰り道、二人は近くのカフェに立ち寄り、温かいココアを飲みながら今日の感想を語り合った。窓の外では、小さな雪が舞い始めていた。


「ねえ、葵。家で育てている菊の苗、ちゃんと越冬できるかしら」瑠璃が少し心配そうに言った。

「大丈夫だよ。二人で守っていけば、きっと春には芽吹くさ」葵が優しく答えた。


「ねえ、葵。私たち、これからもずっと一緒にいられるかな」瑠璃が不意に言った。

葵は瑠璃の手をそっと握り、「もちろんだよ。これからも一緒に、札幌の四季を楽しもう」と答えた。


 イルミネーションの光に照らされた二人の顔には、幸せな笑顔が浮かんでいた。札幌での新しい生活は、二人の絆をさらに深めていくようだった。

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