第7章:「さっぽろオータムフェスト」

 9月中旬、秋の気配が感じられ始めた札幌。葵と瑠璃は、大通公園で開催されているさっぽろオータムフェストに足を運んだ。公園には美味しそうな香りが漂い、多くの人で賑わっていた。


「わぁ、すごい種類の料理があるわね」瑠璃が目を輝かせながら言った。


「そうだね。北海道各地の名物が集まっているみたいだ」葵も興味深そうに周りを見回す。


 二人は手をつなぎながら、様々な屋台を巡り始めた。新鮮な海産物、香ばしい焼き立ての肉料理、色とりどりの野菜料理など、目移りするほどの料理が並んでいる。


大通公園に立ち並ぶ屋台の列は、まるで美食の宝庫のようだった。葵と瑠璃は、その絢爛たる光景に目を奪われ、どこから食べ始めるべきか迷っていた。


 最初に二人の注意を引いたのは、大きな帆立貝を焼く屋台だった。炭火の上でじっくりと焼かれる帆立貝からは、芳醇な香りが立ち昇っていた。貝殻の上で溶けたバターが、プツプツと音を立てながら泡立ち、その香りが周囲に広がっていく。店主が熟練の手つきで帆立貝を裏返すと、こんがりと焼けた表面が現れ、さらに強い香りが漂った。


「わぁ、美味しそう」瑠璃が目を輝かせながら言った。

「本当だね。あの香りだけで腹が減ってくるよ」葵も同意した。


 帆立貝の屋台の隣には、色とりどりの野菜が並ぶサラダの屋台があった。北海道の肥沃な大地で育った新鮮な野菜たちが、まるで宝石のように輝いていた。真っ赤なトマト、みずみずしいレタス、カリカリとした食感が楽しめそうな紫キャベツ、そして黄色いパプリカが、色彩豊かに盛り付けられていた。店主が丁寧に野菜を切り分け、客の目の前で新鮮なサラダを作っていく様子は、まるでアート作品を創作しているかのようだった。


「こんなに新鮮な野菜、久しぶりに見たわ」瑠璃が感嘆の声を上げる。

「うん、サラダだけでもご馳走になりそうだ」葵も野菜の鮮やかさに見入っていた。


 そして、少し離れた場所からは、ジンギスカンの香ばしい匂いが漂ってきた。大きな鉄板の上で焼かれる羊肉から立ち上る煙が、秋の澄んだ空気に溶け込んでいく。玉ねぎやキャベツなどの野菜も一緒に焼かれ、その甘い香りが肉の香ばしさと混ざり合って、独特の魅力的な香りを作り出していた。


 ジンギスカンの屋台の前では、大勢の人々が列を作っていた。鉄板から立ち上る湯気と煙が、まるで秋の霧のように辺りを包み込み、独特の雰囲気を醸し出していた。


「ジンギスカンの匂いって、本当に食欲をそそるよね」葵が言った。

「そうね。最初は苦手だったけど、今では大好きになったわ」瑠璃が懐かしそうに答えた。


 三つの屋台からの香りが混ざり合い、秋の空気に溶け込んでいく。海の香り、大地の恵み、そして北海道の伝統的な料理の香り。それらが一体となって、オータムフェストならではの独特の雰囲気を作り出していた。


 葵と瑠璃は、どの屋台から食べ始めるか悩みながらも、この贅沢な悩みを心から楽しんでいた。札幌での新生活が始まってから数ヶ月、二人はこの地の食文化にすっかり魅了されていた。そして、これからも一緒に新しい味を発見し、楽しんでいけることに、幸せを感じていたのだった。


「瑠璃、これ美味しそうだよ」葵が、ある屋台の前で立ち止まった。


「あら、これって……」


「うん、前に瑠璃が美味しいって言っていた帆立のバター焼きだよ」


 瑠璃は葵の気遣いに、心が温かくなるのを感じた。


 食べ歩きをしながら、二人は地元の人々との会話も楽しんだ。


「若いお二人さん、札幌の秋を楽しんでいるかい?」年配の男性が声をかけてきた。


「はい、とても楽しいです」葵が答える。


「そうかい。秋は食べ物が一番美味しい季節だからね。存分に味わっていってくれ」


 会話を通じて、二人は札幌の食文化や、各地域の特産品についての知識を深めていった。


 夕暮れ時、二人は公園のベンチに腰掛けた。


「葵、今日は本当に楽しかったわ」瑠璃が満足げに言う。


「うん、僕も。瑠璃と一緒だと、どんな体験も特別になるね」


 葵のその言葉に、瑠璃は顔を赤らめた。二人の手は自然と重なり、そのまましばらく秋の夕暮れを楽しんだ。


 夕日に照らされた瑠璃の横顔を、葵はそっと見つめていた。瑠璃の目に映る夕陽の輝きが、彼女の瞳をさらに美しく輝かせている。瑠璃も、葵の優しい眼差しに気づき、照れくさそうに微笑んだ。


「ねえ、葵」瑠璃がふと呟いた。「私たち、これからもずっとこうして一緒にいられるのかな」


 葵は瑠璃の手をそっと握り締めた。「もちろんだよ。僕たちの札幌での生活は、まだ始まったばかりだからね」


 二人は人目も気にせず、そっと唇を重ねた。秋の風が二人を包み込み、その瞬間を永遠のものにしているかのようだった。


 帰り道、二人は来年のオータムフェストでは何を食べようかと、既に楽しそうに話し合っていた。札幌での生活が、少しずつ二人の日常に溶け込んでいくのを感じていた。

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